「恋って、認めて。先生」
比奈守君にそこまで想われて、疑う余地のない愛情に包まれて、幸せに違いない。そのはずなのに、モヤモヤした嫌なものが、胸の奥から込み上げてくる。
この感覚は、比奈守君の成長を見た時に感じた気持ちに似ている。何だろう、これは……。
ーーそうだ。教師なのに、生徒を男として見ることで彼の貴重な時間を奪っているという罪悪感。最近ではそれも感じなくなっていたけど、こうなった今、猛烈にそれを感じてしまう。
彼の気持ちを受け入れ、好きになったことで、私は彼の人生の選択肢まで奪ってしまったんだ……。
教師として最低なのはもちろん、女としてもダメだと思った。比奈守君がせっかく見つけた夢を、私は……。
お父さん達が帰った後、私は比奈守君と二人きりになった。
「良かったね、飛星」
比奈守君は穏やかに言った。良かったね。それは、親に勧められていたお見合いをせずに済んで良かったねという意味と、私達のことを認めてもらえて良かったねという意味だろう。
まだ展開についていけない私は、苦笑した。
「うん……。でも、これで良かったのかな……。夕には夢があったのに……」
「夢はいくつになっても叶えられるけど、飛星の親を説得するチャンスは今しかなかった。迷ってなんかいられない」
「そうかもしれないけど、行きたい大学狙うために頑張って塾にも通ってたのに、そういうの全部無駄になるんだよ?」
「人生に無駄なことなんてないよ。飛星が、それを教えてくれた」
比奈守君は言い、差し入れに持ってきてくれたコンビニのプリンを私に差し出した。向かい合ってテーブルに座ると、彼は自分のグレープフルーツゼリーのフタを開けながら言った。
「飛星が高校生だった時の話聞いて、そう思った。今までの経験が今の飛星を作ってる。俺もそういう大人になれると思う。この先何があったとしても」
「……本当に、卒業後すぐに結婚するの?お父さんやお母さんの話に合わせて無理してない?」
「してないよ」
柔らかく笑って、比奈守君は私を見つめた。
「飛星といられるためなら何でもする。何度も言うけど、こんなに好きになったの、生まれて初めてだから」
「夕……。ありがとう。ごめんね……」
「どうして謝るの?」
「だって、私は夕の夢を……」
言おうとした私の口に、比奈守君の人差し指がそっと触れた。彼は席を立ち腰を折ると、向かいに座る私の顔を間近で見つめる。
「言わないで?そんなこと、俺は全く思ってない」
「……うん」
「はい、スプーン」
「ありがとう……」
プラスチック製のスプーンを受け取り、彼がくれた生クリーム入りのプリンを食べた。甘くて大好きなプリン。
そのはずなのに、この時は全く美味しいと思えなくて、その甘ったるさが不快とまで思った。それが喉を滑り落ちるたび、悲しい気持ちが胸に募っていく……。