「恋って、認めて。先生」
初めての旅行を楽しんだ翌日。そうとは思えないくらい、私の気持ちは激しく変化していた。
比奈守君のことは大好きで大切だ。別れたくない。だけど、このままでいいとも思えない。
「飛星、好きだよ」
「……私も」
何度かキスをしたけど、今はどうしても体を重ねる気分にはなれず、体調が悪いとウソをつき、私は比奈守君の体をそっと両手で押し返した。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに悪いけど、今日はもう帰ってくれる?頭が痛くて……」
「大丈夫?気付かなくてごめんね」
体調不良なんてウソなのに、比奈守君は本気で心配してくれた。
「さっきも貧血起こしてたよね。心配だし、帰るまでそばにいる」
「ううん。大丈夫だよ。眠たいから一人にしてくれる?」
さすがにこの言い方は冷たかったかな?そう思っても、取り消す気分になれない。
「分かった。帰るよ」
比奈守君はそっと私の頭をなで、名残惜しそうな足取りで玄関に向かった。
「無理しないでね。何かあったらいつでも連絡して?」
優しい言葉。やっぱり比奈守君のことが大好きだと思った。
旅行の後別れるのが寂しく、1秒でも長く彼のそばにいたいと思った。そんな私の気持ちを受け入れ比奈守君は来てくれたのに、悪いことをした……。ウソをついたことに、今さら罪悪感が込み上げてくる。
「本当に、このままでいいのかな……?」
一人になった私は、ベッドに寝そべり、何となく天井を眺めた。
結婚なんて、周りに押し付けられてするものではないはずだ。本人がしたい時にするのが一番だと思う。
今日、比奈守君がウチの親にああ言ったのは、お母さんやお父さんの言葉にのまれたからだとしか思えなかった。
大学に行きたいから今すぐ結婚はできない。彼は最初たしかにそう言った。それが紛れもない本心だろう。
気にするなと比奈守君は言ったけど、私はどうしても、そうやって同じ事をグルグル考えてしまうのだった。
旅行での楽しさは束の間。一瞬にして日常は戻ってきた。
生徒は夏休み中だけど、教師は毎日学校に行かなきゃならない。特に、3年生の担任をしている永田先生や私は、生徒の志望校である大学の資料集めや内申書を書くのに忙しく、土日の休日ですら家に仕事を持ち込む日があった。
そんな中でも比奈守君とは毎日連絡を取り合っていたけど、私は以前のように好きだけの気持ちで彼に接すれなくなっていた。塾をやめたという知らせをもらってからは、なおさら……。
1日おきくらいに私のアパートを訪ねてくれる純菜や琉生は、いち早く私の変化に気付いた。
「飛星、最近元気ない?」
いつものようにアパートで夕食を囲んでいると、純菜が心配そうに尋ねてきた。
「何かあった?」
「そういえば、旅行の話聞いて以来、飛星の口から比奈守君の話題出てないな」
琉生も、そんな気付きを口にする。