「恋って、認めて。先生」
真っ暗なシアタールーム。スクリーンが放つ柔らかい光のせいで、互いの顔がしっかり見えてしまった。
私の泣き顔に気付き目を見開くと、比奈守君はポケットに手を突っ込み、そっとこちらにアメ玉を差し出してくる。それは、比奈守君が苦手なはずの甘いいちごミルク味。
「もらっていいの?ありがとう……」
ためらいつつ、私はアメを受け取った。
「甘い物、食べれるようになったの?」
「いえ。全然ダメです」
え……?じゃあ、バスの中でチョコレート菓子を食べていたのは、どうして?
胸の音が高鳴ると同時に、気付くと涙はおさまっていた。そんな私の心情に気付いていないのか、比奈守君はそうするのが当然という感じで私の隣に座る。
「ソレは弟用に用意したやつです」
「弟さんの……?」
「はい。今年小3になったんですけど、よく泣くんですよね。ソレ渡すと、弟泣き止んでくれるから」
「もしかして、それで私にも……?」
目を丸くした私の目を見て、比奈守君はぶっきらぼうに、
「まさか泣いてるとは思わなかったんで、そうするしかなかったんです」
ぷいと目をそらし、比奈守君はうつむく。その頬が赤くなっているのが、暗がりの中でもはっきり見えた。
不器用な、それでも優しい比奈守君の心が伝わってきて、気持ちがあたたかくなった。泣いていた時のどうしようもない気持ちがすうっと楽になっていく。
「そっか。優しいお兄ちゃんなんだね、比奈守君は。ありがとう」
「別に普通です。ホント、先生って頼りないですね」
「そうだよねぇ」
苦笑していると、比奈守君は別人みたいに優しい顔を見せた。
「真に受けないで下さい。冗談ですから」
「比奈守君の冗談、わかりにくいよ」
「よく言われます」
そんな会話をしているのが、なんだか不思議。昔からの知り合いみたいにポンポン言葉が出てくる。暗い空間のせい?
比奈守君は涙の理由を尋ねてこなくて、今はただただそれがすごく救いだった。
10分かそれ以上そうしていたのだけど、さすがにこのまま比奈守君をここに留まらせておくのは申し訳ない。
「比奈守君、もう行った方がいいんじゃない?同じ班の子達、心配してるんじゃ……」
「そうですね。でも……」
頬に手を当て、比奈守君はスクリーンを見た。
「先生、さっきウロウロしてたでしょ?迷子は助けないとと思いまして」
ううう……。迷ってること気付かれてたんだ。
「返す言葉もありません……」
「マジですか……。ウソでも否定して下さいよ、そこは」
「そうだよね、担任失格だね、これじゃあ……。どうしよう」
このまま出入口に戻れなかったら、大問題になる。最悪、職員会議にかけられるかもしれない…!
青ざめる私に、比奈守君は微笑した。
「今は俺がいるじゃないですか。心配しなくても出入口まで連れてってあげますよ」
無条件に頼っていいと言いたげなその顔は、幼さを残しつつ大人の表情にも見え、私はまたまたドキッとするはめになった。