「恋って、認めて。先生」
「にしても、腹減ったわ」
今日の話もそこそこに和んでいると、琉生が気の抜けた声でそう言った。
「まだ食べてなかったの?」
「今日休みだったから、1日ピアノ弾いてた。そしたら食べるの忘れてて」
子供の頃から琉生はそうだった。ピアノを弾くのが大好きで、放っておくと何時間でも弾き続ける。声をかけるくらいじゃ気付かない。琉生の親もそれが分かっているので、ピアノに集中している琉生にはあえて話しかけないようにしていると、昔よく言っていた。
「集中切れてピアノから離れると、急に空腹感が……。それはもう、フォルティッシモな感じで!」
琉生は悲壮な声で訴える。フォルティッシモ…楽譜に書いてある弾き方の指示みたいな言葉で『特に強く』という意味だったはず。昔、琉生によくそういうのを教えてもらったな。
「悪いけど、今日はさすがにもう食べられないよ……」
お酒片手に、エモと話しながらたくさん食べてしまった。一方、序盤で店を抜けた純菜は満足に食べられなかったらしく、琉生を食事に誘った。
「今からどっかに食べに行こうよ。私まだ食べれるし、飛星は軽く飲み物だけで居られるところでさ」
「だったら、比奈守君の店行こうぜ!あの焼肉屋深夜までやってるって書いてあったし」
「えっ!?」
私は動揺し、琉生の提案を却下した。
「やめとこうよ。いくら常連だからって飲み物だけで焼肉屋は居づらいよ」
「いいじゃん、いつもは肉頼んでるんだし、お前は比奈守君の彼女だろ?親も公認の仲なんだから、多少のワガママは許してくれるって!払いはおれっちに任せろっ」
「それでもダメ!私は行けないよ……」
かたくなな私を見て、二人は深刻な顔をした。
「いつもなら喜んで行くのに、飛星、どうしたの?」
「何かあったんだろなとは思ってたけど……。店に行くの嫌がるほど悪いことになってるなんて思わなかった」
琉生は私の腕を引き、外に飛び出した。私の代わりに合鍵で鍵をかけた純菜が、後から追いかけてくる。
「店向かいながら話聞くから、とりあえず車乗れ」
「私は行けないよ!夕に、距離置きたいって言われたの!だから……!」
「だったらなおさら、避けてる場合じゃないだろ」
普段はそんな風に感じないけど、琉生はやっぱり男の人。抵抗したものの力で敵うはずもなく、私はあっさり琉生の車の後部座席に押し込まれてしまった。追いついてきた純菜が、隣に乗り込む。