「恋って、認めて。先生」
そう思っていただけに、私は、夏期講習に比奈守君の姿を見つけてドキッとした。バイトは?塾をやめたのに、どうしてここにいるの?……もしかして、私に会うためだけに?
喜びと緊張。不安と期待。真逆の気持ちが体の中で混ざり合う。
夏期講習は、授業の科目ごとに使う教室が分かれており、私が担当する現代文は3年A組の教室を使うことが決まっていた。
参加者の生徒達が続々とA組の教室に入ってくる中、比奈守君はいつもの自分の席に座り、頬杖をついた。私の方を見ないようにしているのが分かり、胸がズキンと痛む。
いつか元に戻れると思っていたけど、そんな彼の態度を見たら一気に自信がなくなった。
「あっちゃん、おはよう!」
「おはよう。田宮君も来てくれたんだね」
以前お菓子やカイロをくれたA組の男子生徒、田宮君が話しかけてきた。
「見てみて!昨日海行ったらこんなに焼けた!」
「ホントだ、すごい真っ黒!楽しかった?」
「うん!あっちゃんは海とか行かないの?肌全然焼けてない」
「焼けるとすぐ赤くなるから、海はあまり行かないようにしてるの」
シミになるのが嫌だから日焼けしたくない……なんて、生徒相手にとても言えない。
「そうなんだ。でも俺、色白のあっちゃんも好きだよ」
「ふふ、ありがとう。でも、田宮君みたいに焼けてる方が夏って感じがしていいなぁ」
「ほんと?でもね、実はちょっとヒリヒリしてる」
田宮君はこういう子だ。誰にでも屈託なく笑いかけ、好意を向ける。誰かを嫌いになることなんてほとんどない生徒なんだと思う。比奈守君とのことで落ちていた気持ちも、田宮君と話すことで少し明るくなった。
「あのさ、あっちゃん……」
田宮君が何かを言いかけた時、始業のチャイムが鳴った。
「どうしたの?田宮君」
「ううん!やっぱ後でいいよ」
「そう?」
田宮君の言葉の続きが気になりつつ、開始の声かけをしようとすると視線を感じた。そちらを見ると比奈守君と目が合い、私の顔は一気に熱くなった。
さっきまで私のことなんて眼中になさそうな感じで席に座っていたのに、どうしてそんな切なそうな、愛おしそうな目で見るの?
ドキドキしながらも平静を装い、私は授業を進めた。
「今日はこのプリントでこれまでの復習をするので、後ろに回して下さい」
夏期講習用に作ったプリントを最前列の生徒に配る時、
「夕、シャーペン貸して?忘れた!」
女子生徒の声が聞こえた。小声なはずなのに、教室が静かなせいか、彼女の声は私の耳によく響いた。