「恋って、認めて。先生」

 比奈守君の隣に座る女子生徒。彼女はたしか、B組の河田(かわだ)さんだ。河田さんとは直接話したことはないけど、彼女のクラスの現代文も私が担当しているので、出欠を取る時に彼女の顔と名前は覚えた。

 河田さんと比奈守君はよく知る間柄みたいだ。

「夏期講習来といてシャーペン忘れるとか……」
「いつものペンケース塾用のカバンに入れたままにしてたの。ありがとね!」

 比奈守君からシャーペンを受け取ると、河田さんは配られたプリントに視線を落とし比奈守君に尋ねた。

「塾やめたのに何で夏期講習は来るの?」
「そういう自分は?塾あるのに」
「夕が行くって言ったから」
「しゃべるのそこまでね。先生困ってる」

 気遣ってくれたことが嬉しいと思いつつ、素直に喜べなかった。私はただ、二人の関係性や会話が気になってじっとしていただけだ。……などと言えるはずもなく、何でもないふりで講習をスタートした。

 河田さんも比奈守君と同じ塾に行ってるんだ……。しかも、比奈守君が来るって理由で夏期講習に参加している。嫌な予感しかしない。


 あれこれ考えながらも、生徒達に質問されながら進める講習はあっという間に終わった。

 比奈守君と河田さんのことが気になる!

 次の時間、幸い講習が入っていなかった私は、やるべき仕事を後回しにし、A組の教室を出て行く比奈守君と河田さんをこっそり追いかけた。

 付かず離れずの距離を保ち「職員室に戻る途中なんですよ」という雰囲気で二人の後をつけると、中庭に来た。4月に比奈守君と話した自販機がある、あの中庭に……。

 人通りの少ない渡り廊下の壁に隠れ、私は二人の会話に聞き耳を立てた。夏期講習の参加者は少ないし、他に学校へ来ているのは部活動に所属する生徒だけなので、私の行動をあやしむ人はいなかった。

「夕さ、何で塾やめたの?」
「いいでしょ、別に」
「良くないよ。夕、頑張ってたじゃん。模試の点も上がってたし……」
「人のことより自分の心配したら?」
「相変わらず可愛くない!最近ちょっと優しくなったかもって思ったのになー」

 河田さんは明るい声音で言った。

「私は、夕の今までの彼女とは違うって自信あるよ」
「そう。言いたいことはそれだけ?もう帰るから」

 比奈守君が河田さんの言葉をそっけなく受け流した直後、突然、場が静まった。

 どうしたんだろう?

 気付かれないようにそっと二人の様子を覗き見ると、河田さんが比奈守君の背中に抱きついていた。
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