「恋って、認めて。先生」
「何の真似?」
「……分かってるクセに」
比奈守君の背中に抱きついたまま、河田さんは甘えた声でつぶやいた。
「幼なじみの夕のこと、ずっと好きだった。私は絶対束縛なんてしない……」
ドキドキしすぎて胸が痛む。太陽の光に当てられ、全身から汗が流れた。二人は幼なじみだったんだ。
「キスしたの、夕とが初めてだったんだよ……」
え?頭が真っ白になる。
比奈守君は、河田さんの初めてのキスの相手ーー?胸が嫌な音で鼓動する。
「あれは……」
「分かってる。私から無理にしてって言ったんだもん。夕には特別な感情なんてなかったよね」
「…………」
比奈守君は河田さんから離れ、きっぱりと言った。
「今まで人には言わないようにしてたけど、幼なじみのよしみで教える。俺、好きな人がいるんだ。だから今は誰の気持ちにも応えられない」
「……誰?その人とは付き合ってるの?」
「それは言えない」
「何で?そのくらい教えてくれたっていいじゃん…!」
納得がいかないのか、河田さんは比奈守君の胸元を両手でつかみ詰め寄った。幼なじみとして、長年一途に比奈守君のことを想ってきたのだろう……。
前に、比奈守君が言っていたことを思い出した。私達は秘密の関係だから、付き合っていることは人に言えないし、それが時につらくなる、と。
いざその場面を見てしまうと、胸にせまるものがあった。
こういう時、付き合っている相手のことを口にできないのはつらいだろうな……。私は永田先生に話せているからまだ楽だけど、比奈守君は、私と距離を置いているにも関わらずこうして秘密を守ろうとしてくれているーー。
それは嬉しかったし、比奈守君が河田さんとキスしたのも私と付き合う前の話なんだと分かる。分かっていても、河田さんと比奈守君の関係を知り、ショックな気持ちを隠せなかった。
これって、今の比奈守君と同じだ。頭では理解できるけど、現状に心が追いつかないーー。
比奈守君は河田さんのことを何とも思ってないのだろうか?本当にキスだけの関係?
信じたいのにモヤモヤした気分が湧いてきて、嫌な感情に押し流されそう。私は比奈守君にこんな思いをさせていたんだな……。結婚話を拒否した時も、合コンのことを打ち明けた時も。