「恋って、認めて。先生」
「来てくれてありがとう。上がって?」
「……うん」
久しぶりに顔を見た。元から細いけど、比奈守君はさらに痩せたように見える。
ちょっと前だったら気楽にそういう気付きを口にできたのに、今は全くダメ。そういうぎこちなさを彼も感じているのか、私達の間には気まずい沈黙が漂った。
比奈守君が好きな冷たいジャスミンティーを用意し、向かいあってテーブルに座る。最初に口を開いたのは比奈守君だった。
「顔見れて嬉しい。毎日飛星のこと考えてた」
嬉しかった。永田先生や合コンのことがあったのに、それでも嫌わずそんな風にまっすぐ好きでいてくれるなんて、泣きそう……。別れの言葉が、どんどん喉の奥に押しやられてしまう。
ジャスミンティーの入ったコップを両手で包んだまま口をつけることもなく、比奈守君はこちらを見た。
「恋って楽しいことばかりじゃないってよく言うけど、その言葉の意味が今回のことで初めて分かった気がする。飛星のことを想うと幸せなのに、いつも苦しかった」
私もそうだよ。同じだね、私達。
「それでも俺は、飛星と付き合っていたい」
距離を置いて分かったのは、彼をこんなにも好きだということ。
「飛星のこと好きでいたら、きっとこれからもつらいこと大変なことあると思った。ここまで嫉妬深い自分がこわかったし、独占欲に支配されてる自分が嫌で、逃げたくもなった。でも、別れるなんてカケラも考えられなかった」
ごめんね。私はたくさん考えてしまったよ。
「つらくても、嫌な自分になっても、いい。それも俺なんだって受け入れる。飛星のこと、好きだよ。これからもずっと」
「ごめんね、夕……」
比奈守君の言葉が胸に響くたび心が痛み、涙が出た。泣きじゃくる私を見て目を見開くと、比奈守君は向かいの席を立ちこちらに来る。そして、私の背後からそっと体を抱きしめてくれた。
比奈守君の腕の中はあったかくて、よけいに泣けてくる。
「ごめん……。傷つけたくないって思ってたのに、こんなに泣かせてる」
「違うよ。夕のせいじゃない」
私の勝手な涙だ。守るように私を抱きしめてくれる比奈守君の腕にすがり、私は思い切って口を開いた。
「私もう、夕と付き合えない。別れよう」
「……嫌いになった?俺のこと」
「好きだよ。でも、別れてほしい」
「好きなのに、別れるの?」
比奈守君の瞳には深い悲しみがにじみ、一気に光を失う。彼のそんな表情を見たのは、この時が初めてだった。