「恋って、認めて。先生」
「別れは最終手段かもしれない。正直今も、夕にこんなこと言っていいのか分からなくて迷ってる。でも、このまま付き合い続けるわけにはいかないよ」
私の体から腕を離した比奈守君は、何か言いたそうにしながらも黙って私の言葉を聞いていた。
「夕に好きって伝えるって決めた時、私、こう思ったんだ。自分を好きになりたいし、夕を大切にしたいって」
「伝わってきたよ、そういうの。いつも嬉しかった」
「でも、このまま付き合い続けていたら、私は自分を嫌いになりそう」
「俺が、大学行くのやめて結婚するって言ったから?」
私はうなずいた。
「あの時ウチの親は喜んでたし、夕も無理はしてないって言ってくれた。だけど私は、その状況を素直に喜べなかったし納得もできなかった。夕を大切にできてないと感じたから……。そんなの知らぬふり気付かぬふりで結婚することだってできた。その方が皆幸せなのかもって。でも、やっぱり、私には無理だよ」
「飛星……」
「夕に、夢を叶えてほしい。自分の人生を真剣に考えてほしい。これは教師だから言ってるんじゃない。夕を好きになったから。大城飛星個人の意見なんだよ」
時間が停止したかのように、静かな時間が流れた。
しばらく経った時、比奈守君はかすれた声でつぶやいた。
「……分かった。大学に行く。結婚も今すぐはしない。だから、別れたくない」
私は、ある物を比奈守君に渡した。
「本物のシトリン…?飛星が買ったの?」
「そうだよ。これからは、この石が私の代わりとなって夕のそばにいる」
それは、昨日琉生と別れた後、とある正規店で買ったパワーストーン、シトリンだった。
「夕と会っていない間、シトリンのこと色々調べたの。石言葉も素敵だけど、この石に宿る効果もすごいんだよ。持つ人が負のエネルギーをため込まないようにして自信を回復させてくれたり、夢を叶えたい時にもいいんだって」
「……それはすごいけど、飛星とシトリンは同列じゃない。お金で飛星は買えない」
「ありがとう」
涙で声が震える。だけどもう、引き返せない。
「これね、形は微妙に違うけど私も同じ物を買ったんだよ」
机の引き出しにしまっておいた自分用のシトリンを手のひらにのせ、比奈守君に見せる。彼とおそろいの物ーー。
「夕と付き合ったこと、ずっと忘れない。今までありがとう。幸せな大人になってね」
「……俺も、今までありがとう。飛星といた時間、幸せだったよ」
私の意思は変わらない。そう気付いたのか、最後は苦しげにうなずいて、比奈守君は静かに涙を流した。それを見て初めて、私は彼に別れを告げたことを後悔した。