「恋って、認めて。先生」

 これで良かったんだよね?

 悲しくて苦しくて、だけどそれ以上にホッとして、泣くしかなかった。彼の将来の選択肢を奪わずに済んだことに、深い安堵感を覚える。

 彼氏のプロポーズをはねつけて夢を追いかけろだなんて、私は女としてどこかおかしいのかもしれない。

 比奈守君は教師の夢を叶えられるだろうか。

 時間が経ったら、私以外の女性を好きになったりするんだろうか。

「寂しいよ、夕……」

 その日はひたすら泣いて、泣き疲れたら寝て、悲しい夢で目を覚ますということを、夜まで飽きずに繰り返した。

 別れたばかりだというのに、傷口に塩をすり込むかのように、うたた寝の間に見る夢には比奈守君が登場した。

 教室での告白。公園での強引なキス。初めて結ばれた時のこと。他県での旅行。壊れたネックレスと、おそろいのイミテーションシトリン。寝ても起きても、頭の中は比奈守君のことでいっぱいだった。

 いつまでこんな気持ちが続くんだろう……。ヨシと別れた時より「失くした痛み」が大きいように感じるのは、想いの深さのせいだったりするのかな。


 8月23日。私は比奈守君と別れた。

 短い間だったけど、彼と過ごした日々は人生観を変えてしまいそうなくらい濃厚な時間だった。

 その日、何度かスマホが鳴ったけど、誰とも関わりたくなかったので途中で電源を切りベッドに潜り込んだ。



 ーー生徒達の夏休みが終わり、カレンダーの日付は9月1日を示した。始業式。

 私は憂鬱な心持ちで学校へ向かった。教室へ行けば比奈守君の顔を見なくてはならないし、他の生徒同様、彼の出欠も取らなくてはいけない。

 無意識のうちに大きなため息をついていたらしく、職員室の自分の席に着くなり、隣の永田先生に心配された。

「おはよ。顔色悪いよ。夏風邪?」
「いえ、たいしたことはありません。少し寝不足なだけで」
「無理しないようにね」
「気をつけますね。ありがとうございます」
「そろそろ、彼と仲直りした?」

 名簿を整えながら、永田先生が小声で尋ねてくる。夏休み中仕事で何度も顔を合わせていたけど、永田先生にはまだ比奈守君とどうなったかを話していない。何となく言いづらくて。

 琉生や純菜にだけは話そうかと思ったけど、タイミングが合わず報告しそびれている。私が比奈守君と別れた後、二人は仕事や用事が忙しいと言ってアパートには一度も来ていない。

 その間、エモに誘われアミさんと三人で食事に行った時、アミさんは永田先生にフラれたと言い、晴れ晴れした顔をしていた。
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