「恋って、認めて。先生」
私の葛藤は、その後ますます深くなっていった。
比奈守君のさりげない優しさで、理性は簡単に崩れそうになる。
「先生、危ない」
人混みからかばうため、比奈守君は私の肩を抱いて空いている方に誘導してくれた。私より背が高いのと、思っていたより力強かった腕に異性を感じ、顔が赤くなってしまう。
比奈守君の腕が離れた後も、まだ肩にそのあたたかさや強さが残っているような気がしてドキドキする気持ちを抑えられなかった。
こんな場面、他の学校関係者に見られたら絶対まずいのに……。教師じゃなく、女の自分が表に出てこようとするから本当に困る。
「ありがとう」
胸の内を見せないよう教師気分でお礼を言うと、比奈守君は肩を揺らして笑う。
「先生って、先生らしくないですよね」
「うん、自分でもそう思うよ。もっとしっかりしたいんだけど、なかなか」
「いいんじゃないですか。可愛くて」
可愛い。比奈守君が口にしたその一言に、全身が熱くなった。そんなこと男の人に言われたの、いつぶりだろう……。昔付き合ってた彼にも、ほとんど言われた記憶がない。
渇いた心が水で潤うみたいに、私は自分の変化を感じた。
恋愛には興味もないし、ここ数年異性の目を気にしていなかったから服装も無難なところに落ち着いていたし、モテたいという意欲も皆無だった(仕事では最低限の身だしなみとしてメイクくらいはしたけど……)。
女子力も底辺を低迷していたはず。それなのに、今はただ、比奈守君のその一言が嬉しかった。
男の人の褒め言葉。女性だから感じることのできた喜び。比奈守君の優しい言動。彼にとっては深い意味なんてないのかもしれないけれど……。
のんびりと水中を泳ぐシャチを見ながら、比奈守君は急に黙りこんだ。
「…………」
私だけじゃない。比奈守君も、なんだかいつもと違っていた。教室では見せない色んな顔をしたり、普段話さないようなことを話したりする。
それからの私達はどこかギクシャクし、互いに避け合うような空気になってしまった。せめて普通に話したいと思い、こっちから色々話題を振ってみても比奈守君の言葉数が少ないことですぐに沈黙が訪れてしまう。
比奈守君の案内は完璧で、その後何とか出入口にたどり着けた。
「ありがとう、比奈守君」
「あの……」
比奈守君が何かを言いかけた所で、永田先生が声をかけてきた。
「大城先生、探したよ」
「すみません。彼が迷っていたのでここまで案内をしていました」
心の中で比奈守君に謝りながら彼と目を合わせ、事前に示し合わせた通りウソをつく。
「永田先生はさっき生徒から呼び出されてましたよね。もう大丈夫なんですか?」
「それはもう大丈夫なんだけど……。ちょっと色々あって」
言いにくそうに口をつぐみ、永田先生は私のそばにいた比奈守君の方をちらりと見た。