「恋って、認めて。先生」

「先生は相変わらずですね」
「え……?」
「何でもないです。忘れて下さい」

 相変わらずって、どういう意味?尋ねようとしたら静かな風が吹いて、私は言葉を飲み込んでしまう。

「それ……。飲めるようになったの?」

 比奈守君が買った物を見て、思わず訊いてしまった。イチゴオレ。彼の苦手な甘い飲み物。

「今でも苦手ですよ。でも、最近なぜか飲みたくなるんですよね」
「そうなの?不思議だね……」
「……」

 それきり何も言わず、比奈守君はもう一本別の飲み物を買ってこちらに渡してきた。拒否できず、思わず受け取ってしまう。

「お茶……?」
「顔色悪いから、今は糖分系やめといた方がいいですよ」

 体調が悪いこと、気付いたんだ。あんなにしゃべっていた永田先生すら気付かなかったのに……。

「大丈夫ですよ。先生は先生のままで」
「それって……」

 もしかして、ウワサのことを言ってる?私の言葉を遮るように、比奈守君は言った。

「誤解しないで下さいね。先生に対して特別な感情とか、もうないんで。それは賄賂です」
「わい、ろ?」
「T大学の教育学部目指します。あそこ難易度高いですよね。内申書、上手く書いて下さい。俺の合格は先生の腕にかかってますから」

 頭に血がのぼった。苛立ちに近い悲しみと、裏切られた!という想いが一気に心を支配する。

「……そんなことなら受け取れない!」

 私は、受け取ったばかりの冷たいお茶を彼に勢いよく突き返した。それだけではおさまらず、思ってもいない言葉が口をついて出る。

「私ももう君のことは何とも思ってないから、そういうこといちいち言わなくていいよ。今後卑怯なこと口にしたら本気で怒るから……!」

 怒った顔を作り泣きそうになるのを我慢した。彼の反応を待たず、急ぎ足で中庭を出る。こんなことなら永田先生と一緒に職員室に戻ればよかった!

 もう好きじゃないなんて、聞きたくなかったよ。別れたのだから気持ちが冷めるのは仕方ない。仕方ないけど、それでも、比奈守君からそんなこと、言われたくなかった。だって、こんなに悲しいから。

 ……まだ、彼のことが好き。こんなにも。

 私の都合で彼の夢を奪うのは嫌だったけど、別れるのはもっと嫌だった。


 さっきより頭が痛いし、お腹もしめつけられるように苦しい。

 中庭から離れた私は、職員用トイレに駆け込むなりしゃがみこみ、声を上げて泣いた。ひたすら泣いた。
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