「恋って、認めて。先生」
3ヶ月経ったとは思えないくらい、今でも私の心の中には比奈守君の存在が色濃く残っている。
無表情ながらもおいしそうに食べる姿。ひねくれた発言。意地悪な顔。抱き合った時の肌のぬくもり。優しい顔。別れの時に初めて見せた、泣き顔……。
夜も深くなり、生徒達が下校した後、昇降口の施錠に付き合ってくれた永田先生に、私は言った。
「本当に感謝しています。こうして学校で平穏な生活を送れるのは永田先生のおかげですから」
「感謝の言葉の代わりに君がほしいと言ったらどうする?」
「え……?」
永田先生の切なげな眼差しに、胸が高鳴った。
こうして仕事を続けていられるのは永田先生のおかげでもあるし、その力は大きい。そのせいか、初めて好意を打ち明けられた時のような嫌悪感は、この時感じなかった。
むしろ、こんな私を好きでい続けてくれてありがとうと、素直にお礼まで言いたくなる。比奈守君の気持ちすらつなぎとめておけなかった自分に女としての価値はない、心の片隅でいつもそう思っていたからなおさらだ。
それに、比奈守君のことを一方的に思い続けることは、満足感と同じくらい寂しさをともなうもの。
先日、冷戦状態だった実家のお母さんから電話が来て、私にお見合いをさせることは諦めると言ってきた。私が知らない所で、純菜と琉生が両親に話をしてくれていたとのことだった。
『アンタは教師としてよく頑張ってるそうね。仕事は一人前にこなしているから一人でも生きていけるかもしれないわよね。出来ることなら結婚してほしいけど、無理に相手をあてがうのも可哀想かもしれないって、琉生君と純菜さんの話を聞いて思ったわ。比奈守さんのこと、本当に好きだったのね……。あ、お父さんは無事に退院したから、今度顔見せに来なさい。何も言わないけど、あれでもアンタに避けられて寂しがってるから』
そう言い電話を切ったお母さんの弱々しい声音を、なぜだか今になって思い出してしまう。
永田先生の気持ちを受け入れたら、私は幸せになれるだろうか。親を安心させ、友達にも心配をかけず、比奈守君のことを思い出して寂しさで泣くことをやめられるだろうか。
「永田先生、そのお話……」
今すぐ答えは出せませんが、考えさせて下さい。そう言おうとした時、もう誰もいないはずの校舎内から一人の男子生徒が出てきた。
「比奈守君…!もう帰ったのかと……」
「確認不十分ですね。まだ教室にいたんですけど」
「そうだったの、ごめんね」
思わぬ所で顔を合わせ、胸がドキドキしてしまう。今の話、聞かれてた?