「恋って、認めて。先生」
「本当に悪いと思ってるなら自分で片付けたら?」
そう言い、冷ややかな目でメイド女子を見下ろしていたのは比奈守君だった。
「わ、悪いと思ってるけど、私だってやることあるし…!」
謝ってきた時のしおらしさとうって変わり、メイド服の女子生徒は苛立ちをあらわにした。
「ていうか、比奈守君には関係なくない!?黙っててよ!」
「無関係じゃないよ。大城先生、俺の担任だし」
「はあ!?だからって普通かばう?わけわかんない!」
「別に分かってもらおうなんて思わないけど」
こんな時でも比奈守君はポーカーフェイスで、その冷静さを保ちながら、カフェ内で最初に配られた自分の水コップを彼女の肩に傾けた。中身はこぼれ、彼女の肩からお腹まで水でびっしょり濡れる。
「ちょ、何するの!?」
「突然人からこういうことされる気分はどう?熱くないだけありがたいと思ってよね」
怒りで顔を真っ赤にするメイド女子とは対照的に、比奈守君はずいぶん落ち着いていた。普段大人しく問題など起こしたことのない、どちらかというと優等生の部類に入る彼のそんな行いに、私はもちろん、永田先生や周囲の人々は目を丸くして驚いた。
比奈守君、どうしてそこまで?私のことが嫌いなら見て見ぬフリをすればいいのに!こんなことしたら問題になるかもしれないのに!
「夕、もうやめなよ!まずいって!」
比奈守君と一緒に来ていた河田さんが止めに入る。それまであっけに取られていた永田先生は、ハッとして私の背中にこぼれた紅茶の心配をした。
「大城先生、早く保健室に…!ヤケドしてるかも!」
「いえ、私は平気です。それより彼女を…!」
比奈守君に水をかけられたメイド女子は脱力したように床にしゃがみ、うつむいている。
「大丈夫?風邪引くといけないから早く着替えを……」
彼女を立たせようと手を差し出すと、私の手は勢いよく振り払われた。
「アンタにそんなことされる筋合いないから!」
濡れたメイド服を着た彼女は鋭い目つきで私を睨み、叫ぶように言った。
「わけわかんない!皆、こんな人の何がいいの?歳いってるし、地味だし、明らかに私達の方がいいじゃん!この人のせいで、永田先生は変わっちゃったんだよ!?」
そうか……。この子も永田先生を好きだった女子生徒の一人なんだ。
「私だけじゃない!女子は皆言ってるよ!大城先生なんていらないって!永田先生さえいてくれたらそれでいいもん!」
室内はしんとなり、どこかしんみりした空気になる。直後、彼女に加勢するように、ポツポツと女子生徒達の不満の声が聞こえた。
「私もその子の言ってること分かる!大城先生、大して美人でもないのに男に媚びてさ、教師ならもっとしっかりしてほしい」
「永田先生も永田先生だよ。その人にばっか甘い顔してさ!」