「恋って、認めて。先生」
人一人分の間隔を空けて私の前に立つと、うつむきがちに比奈守君が告げた。
「『あっちゃんの好きな人って誰だろね?』『私達も応援してあげよ!』文化祭中、どこ行っても、ウチのクラスの人達そんな話してますよ」
「え……?ああ、占いカフェで言ったこと、もうそんなに広まってたんだね。生徒の情報網すごいな〜」
私はうわずった声でそう返すのがやっとだった。しばらくウワサされるのは仕方ない。そう覚悟はしていたけど、比奈守君にその件を指摘されることまでは予測できなかった。
私の片想いしている相手。それが比奈守君のことだと本人も気付いたんだろう。
「面白くないこと言ってくれましたね」
冷ややかな声音に、肩がビクッと震えてしまう。そうだよね。女子生徒達とわかり合いたかったとはいえ、勝手に人前で片想い宣言なんかして、別れた比奈守君からしたら大迷惑な話だ。
よく考えたら分かるはずなのに、不測の事態の連続で、あの時はそこまで頭が回らなかった。
うつむいて言葉につまる私の肩を右手で強く抱き寄せ、あろうことか、比奈守君はキスをしてきた。しかも、唇に。そばに永田先生もいるのに!
「あっ、あの!ここは職員室だよ!?じゃなくて、私達はもう終わってるよね?」
ぎこちない反応で彼の胸を押し返す私を寂しそうな目で見下ろし、比奈守君は言った。
「俺は今でも先生のことが好きです。先生が他の人を好きだとしても」
「……比奈守君」
「はい、ストップ!そこまで!君、停学になりたいの?」
永田先生が貼り付けたような笑顔で比奈守君の体を私から遠ざけ、その辺にあった教師用のイスに座らせる。
そのことで少し気持ちが落ち着いたのか、比奈守君はだるそうに片手で髪をかき混ぜ、立ちっぱなしで放心する私に熱っぽい眼差しを向けた。キスされた唇を中心に体まで熱くなり、私は平静を保つのがやっとである。
「イブに、先生が職員室の方に歩いてくの見たって聞いて……」
「イブ」とは大宮君のあだ名らしい。
「アイツ、先生に色々言ったそうですけど、気にしないで下さい。先生の気持ちは分かってますから。それだけ言いに来たんです」
用は終わったと言いたげに立ち上がる比奈守君の肩を、私は無意識のうちに強く引き止めていた。
「それが、比奈守君の本当の気持ちなの?」
「それは僕も訊きたいな」
腕組みをし、永田先生が比奈守君の前に立った。比奈守君は、前後を永田先生と私に挟まれた状態になる。
「勘違いってことにして流そうかとも思ったんだけど、やっぱりそうは思えないんだよね。君、いつも僕のこと気にしてなかった?」