「恋って、認めて。先生」

 これまでとは真逆になったみたい。意地悪だった比奈守君がこの時だけは弱く見えて、そのせいか、私は今むしょうに彼のことをいじめたくなった。

 今までガマンしていたものが心の中で大きく膨れ上がる。

「私のことが好き?ふーん……。そのわりに比奈守君、始業式の日、中庭で嫌なこと言ってきたよね?」
「え……?」
「忘れたなんて言わせないからっ。差し入れてくれたお茶を内申書良く書いてもらうための賄賂だーとか、私のことなんてもう何とも思ってないから誤解するなーとか、『先生って相変わらずですね』ってスカした顔で言っといて『何でもないから忘れて』て言ったり。なんか思い出しただけでモヤモヤしてきた!別れてからの方が振り回されてる気がする!」

 私は前のめりになり、比奈守君の胸元に軽く両手の拳を叩きつけた。

「教えて?何であんなひどいこと言ったの?『賄賂』はほんっと傷付いたんだよ!」
「だって、悔しかったから……」

 比奈守君は頬を赤くし、気まずそうに目を伏せる。

「全校生徒が帰った後に中庭行く理由なんて、よくそこにいる先生の顔見るため以外にないでしょ。それなのに『忘れ物した』って俺の言葉を額面通り受け取って『そうなんだ』って。鈍感なのは分かってましたけど、さすがにあれはないですよ……。平気なふりしてたけどけっこう傷付いたんですから。その後の『相変わらずですね』は100%皮肉です」
「そ、そうだったの……」
「それだけじゃ言い返し足りなかったんで、お茶を賄賂って言いました。女子の変なウワサのせいで体調まで悪くしてる先生見て優しくしたかったけど、それじゃあなんか悔しいから意地悪言いたくなりました。……ガキっぽいことしたって思います。すいません」

 最後、ボソッと謝る比奈守君に、私はムッとした顔を作り眉をつりあげた。

「あの後私がどれだけ泣いたか知ってる!?職員室に残ってた先生方にまで気付かれて心配されて……。泣いてた理由はうまくごまかせたけど、本当に恥ずかしかったんだから!」
「先生って、そういうこと言うんですね」

 比奈守君は柔らかく笑い、私のことをギュッと抱きしめた。久しぶりに感じたぬくもり。私はこの瞬間を心底求めていたのだと、今やっと気付く。

「先生はいつも優しくて完璧で大人だから、そういうとこもっと見せて下さい。そしたら俺も安心だから」
「そんな、完璧なんかじゃないよ。ウワサのネタになって生徒に迷惑かけたし、占いカフェで比奈守君も言ってたように授業中のミスも多いし……」
「あんなの、先生守るためのこじつけですよ。真に受けたんですか?」

 比奈守君は私の背中に腕を回したまま優しく笑う。

「女子達にあんな風に立ち向かうの、普通は無理ですよ。あの時すごいな、俺も将来こういう教師になりたいなって、改めて思ったんです」
「あれは、比奈守君がかばってくれたからだよ。私の力じゃない」

 そう。比奈守君が私を守ってくれたから、私は生徒達と向き合うことを諦めなくて済んだ。教師でいることの喜びを感じられたのは、比奈守君のおかげにほかならない。
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