「恋って、認めて。先生」

「俺の見てないとこで、どんどん綺麗にならないで?」

 比奈守君は以前よりヤキモチ妬きになった気がする。その他にも、たとえば……。

 放課後、こんなことがあった。永田先生と一緒に校門前に立って生徒達の帰宅を見送っていると、永田先生に言われた。

「大城先生は元から好かれやすいけど、文化祭の件以来ますます人気になってるよ。近頃は綺麗になったって、男子生徒の憧れの教師になってるってもっぱらのウワサ!」
「それはさすがに言い過ぎでは……。私も生徒はみんな可愛いと思うので慕ってもらえること自体はとても嬉しいですが」
「僕がもし教師じゃなく男子生徒だったら、ちょっとは大城先生に相手してもらえたのかな」
「何言ってるんですか、永田先生!」

 悪びれもせずそんな冗談(?)を言う永田先生にうろたえていると、気配もなく比奈守君が現れ、私にだけ聞こえる声でこう言い帰っていった。

「他の男の前で赤くならないで。先生は俺の口車にだけノッてればいいの」

 顔色ひとつ変えずそんなことを言う比奈守君は相変わらずだなぁと思うけど、彼にヤキモチを妬かれるのはこの上なく嬉しい。やっぱり私は、比奈守君の言葉攻めに何より弱い。


 生徒達とのトラブルはない方がいいに決まっているけど、ウワサのおかげで自分をさらけ出す機会が得られたことは本当に良かったと思っている。

 実は、文化祭直後、私は二人の生徒に、それぞれ謝られた。

「あっちゃん、ごめんね!俺があの時呼び出しさえしなきゃ、変なウワサ立てられることもなかったのに……」

 ネックレスを届けてくれた田宮君。

 そして、比奈守君の幼なじみであり大宮君の彼女の河田さん。

「先生がよくあの場所通るのは知ってたから、私わざと夕を好きって感じの演技したんですよ。でも、そのせいでよけい二人がこじれたんじゃないかって後々心配になって……。ごめんなさい!!夕って素直じゃないから先生も大変だろうけど頑張ってね!イブと一緒に見守ってるから!」

 そう語る河田さんは、2年生の終わりまで演劇部に所属していたそうだ。なるほど!比奈守君に抱きついていた時の彼女は迫真の演技だった。比奈守君に恋しているんだって、すっかり信じてしまったもの。

「私、女優になりたいって思ってたんです!今は他の夢が見つかったので演劇部はやめましたけど」
「そうだったの。本当に女優さんみたいだったよ」
「ホントですか!?嬉しいな。ありがとうございます!」

 そう言い照れ笑いする河田さん。彼女の新しい夢が叶うことを願った。

 彼女を責める気持ちは起こらなかった。むしろ逆に、河田さんと大宮君の存在を知り私はホッとしていた。比奈守君にも、つらい時にああして親身になってくれる友達がいて本当に良かった。


「俺達の関係は誰にも言わないって約束だったのに、距離置いてつらい時、イブと七海に話した……。ごめん。七海に関しては、イブのこと好きなくせに俺にあんなこと言ってくるのおかしいなとは思ったけど、七海は昔から気が変わりやすい性格だったから告白も本気か冗談か分からなくて……。それで先生を傷付けてたのなら本当にごめんね」

 ヨリを戻してすぐの頃、比奈守君はそう言い謝ってきたけど、私は気にしていなかった。

「ううん。もういいよ。夕が追いつめられた時に逃げ場があること、私にとっても嬉しいことだから」
「どうしてそんなに優しいの……」
「優しくないよ。夕のことが大事なだけ」

 秘密の恋は永遠ではない。でも、その期間はとてつもなく長く感じることもある。特につらい時は。

 そんな時、自分を冷静に見つめられる場所があることは、恋を長続きさせるためにも必要。私はそう思った。

 琉生と純菜に助けられ、永田先生に励まされ、アミさんやエモに元気をもらい、私はここにいることができる。


 田宮君に謝られた時、最後、彼はこう言ってくれた。

「あっちゃんの恋、叶うといいね!みんなもそう言ってたよ」

 生徒達の優しさに心が震えた。この先比奈守君との恋がつらくなったとしても決して諦めない。心の中でそう誓った瞬間でもある。


 友達と語る時間。
 一人で過ごす時間。
 仕事をする時間。
 自分磨きの時間。
 恋に夢中になる時間。

 それらの面積が大きければ大きいほど、大人の可能性はどこまでも広がるのかもしれない。
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