「恋って、認めて。先生」

　普段と同じ冷めた口調で、比奈守君は自分のことを話した。

「告白断る理由がないから何となく付き合うんですけど、毎回、何となく別れて終わります。たいして深い付き合いじゃなかったのに、別れたとたん気まずい感じになって。同じ学校の女子とは付き合わないのが身のためですよね」

　比奈守君が、突然遠い人に感じられた。

　まだ出会ったばかりだし、彼のことをそんなにたくさん知ってるわけじゃないけど、それでも、そんなことを知ってしまい嫌な気持ちになる。

　比奈守君の恋愛の話なんて、聞きたくない……。でも、自分の話ばかりするのも抵抗があるし、生徒の話を聞けない先生なんてもっとダメだ。


　悲しみを隠して、私はできるだけ何でもない風に尋ねた。

「そうでしょ？比奈守君と一緒で、先生だって同じ職場で別れると気まずいんだよ～？分かってくれてるのに、どうして永田先生と付き合うことを勧めてきたの？」
「『生徒との恋はない』って、先生言ってたから」
「……そうだったね」
「それに、永田先生は大人だし、別れるとは限らないじゃないですか」

　もし今私が永田先生と付き合ったら結婚する可能性がある。比奈守君はそう言いたいの？

　どうしてだろう。胸がずっしり重たくなった。永田先生に告白された時とは違う部分が、ズキズキと痛む。


　比奈守君に恋愛の後押しをされるのも嫌だし、比奈守君が誰かと付き合うのも嫌だ。

　それなのに、私はさらに自分を追い込むような質問を彼にしてしまっていた。

「私の話はともかく……。比奈守君は、好きになった人と付き合いたいとは思わないの？」
「…………今まではなかったです」
「なかったの？」
「彼女はいたけど、好きとは違うかなって……」
「……そっか……」

　比奈守君も他の人と同じ……？好きでもない人と付き合ったり、体に触ったりするのが、平気なの？

　永田先生の恋愛話を聞いた時とは比べ物にならないくらいショックだった。違うって言ってほしい。

　出会って日の浅い比奈守君。しかも生徒を相手に、私は何を期待していたんだろう？


　息をするのもやっとの思いで次に言う言葉を考えていると、比奈守君がつぶやいた。

「でも……。最近やっと分かったんです。初めて、心から好きって思う相手に出会いました」

　比奈守君には好きな人がいる――。今までとは違って、本気で好きな人。

　彼が軽い恋愛ごっこの時期を抜け出せた、その成長を喜ばなきゃいけない立場に私はいるのに、無理だった。深い悲しみが胸に広がる。

　とはいえ、高校生の比奈守君に本音をぶつけて許される身じゃないことも痛いくらい理解している。この気持ちは許されない。


「だったら、その子に告白した方がいいよ。言わないと後悔するから。先生はそう思うよ」
「相手が困るとしてもですか？」
「言うだけなら自由だよ。好かれて嫌な人はいないから。もしかしたら、相手も比奈守君のこと好きかもしれないし」

　本心じゃなかった。だけど、こう言うしかない。

　比奈守君が誰かと付き合うなんて悲しいしつらいけど、そう感じてしまう理由に、私は気付くべきではなかったんだ。