「恋って、認めて。先生」

 放課後、生徒達が帰ると、私はいったん職員室に戻り、またすぐ教室に戻った。まだ仕事はあるけど、比奈守君を待たせるわけにはいかない。

「先生…!」

 私が教室に入るなり、自分の席の机に腰をおろしていた比奈守君は弾かれたように立ち上がった。

「昨日はごちそうさまでした」
「気に入ってもらえて良かったよ。でも、他の子には内緒ね?」
「分かってます。言いません、誰にも」

 比奈守君は切なげに笑う。

「もう仕事終わったんですか?」
「うん。大丈夫だよ。それより、私の番号、琉生から聞いた?メール来てビックリしたよ」

 それがどうしても気になって、こうして仕事を放って来てしまったのである。

「レクリエーションのしおりに書いてあったから、もしもの時のために登録しておいたんです」
「あ……。そういえばそうだったね!」

 忘れてた。琉生、勘違いしてごめん!

「っていうのはウソです」
「え?」
「先生のこと、もっと知りたくて登録しました。ラインとか、できるかなと思って」
「比奈守君……」

 ラインとは、電話番号さえあれば誰とでもリアルタイムにメッセージのやり取りが出来るスマートフォン用交流アプリである。私も、あまり会わない友達とはラインで連絡を取り合っている。メールより楽だし早いから。

 ラインは中高生の間でも当たり前の連絡手段になっていると聞く。比奈守君が、そうまでして私との関わりを望んでいたなんて……。

 信じられないのに嬉しくて、鼓動がだんだん速くなる。


 比奈守君の頬が心なしか赤い。それが教室に差す夕日のせいではないことを、私は直後に知った。


「先生のこと、好きです」
「え?」

 全身が熱くなった。

 思わぬ言葉に浮かれそうになり、私はギリギリの所で思いとどまる。比奈守君は、生徒として私を好きなだけだ。

「私も好きだよ。比奈守君をはじめ、クラスの子達が大好き!皆、可愛い生徒だよ。嬉しいな、そんな風に言ってもらえるなんて」
「先生、俺、そういうつもりで言ったんじゃない…!」

 咳払いし、比奈守君は改めて言い直した。

「女の人として、先生のことが好きだよ。先生は?」
「え…?」
「好きな人とかいるんですか?」

 今、目の前にいるよ!……なんて、絶対言えない。


 本当は、ものすごく嬉しい。比奈守君も私を好きになってくれたことが。だけど、自分の立場や年齢を考えると、素直に喜べないのも本当だった。

 私が、比奈守君と同い年だったら良かったのに。そう、真っ先に考えてしまう。

 自分の恋愛なのに、心のままに動けない。それにきっと、世間も私の気持ちを認めてはくれないだろう。

 悲しいけど、それが現実だ。

< 34 / 233 >

この作品をシェア

pagetop