「恋って、認めて。先生」
忘れる。比奈守君が言ったその言葉にホッとした。そのはずなのに、安心感と同じくらい、寂しくもなる。……私のためにも、比奈守君のためにも、これでよかったんだ。
「じゃあ、私は職員室に戻るから。比奈守君も気をつけて帰ってね」
「はい。さよなら」
「さようなら」
夕暮れが綺麗な放課後。比奈守君を一人教室に残して、私は廊下を早足で進んだ。好きと言ってくれた比奈守君の声が忘れられなくて、心臓の音が激しくなっている。
平静を保つのは大変だった。途中、先生らしく振るまうのは無理があった気もするけど……。最後の方は、緊張のあまりまともに彼の顔を見られなかった。
比奈守君に告白されたこと、琉生や純菜に話すべきだろうか。いや、もうそのことは忘れるって比奈守君は言ってたんだし、断った告白の件を友達相手にわざわざ報告するのも変か。
帰り道、空いた電車に乗ってゆらゆらそんなことを考えていると、琉生や純菜から数十分おきにラインのメッセージが来た。二人とも、今日はアパートに来られないそうだ。琉生は仕事先の食事会、純菜は残業を断れないとのこと。
二人同時に来ないなんて、ここ数ヶ月全然なかったので、少し不思議な感じがした。
夜、コンビニ弁当片手にアパートに帰ると、自分ちとは思えないほど部屋ががらんとして見えて、ただならない気持ちになった。この部屋、こんなに広かったっけ……?
琉生や純菜の存在の大きさを改めて感じた。
一人で過ごす夜って、こんなにも静かで無口になってしまうものなんだな……。車道を走る車の走行音や、風が強く吹く音。琉生や純菜が来てる時には気にならないようなものが、とても気になる。
無音が落ち着かなくてテレビをつけてみても、これといって興味を引かれる番組はやっていなかった。
買ってきたコンビニ弁当を食べ終えシャワーを浴びようとした時、実家からスマホに電話が来た。きっとお母さんだろう。月に一、二度、たわいない世間話をするためかけてくるのだ。
出ようとした時、着信音は切れてしまったので、今度こそ浴室に行こうとすると、今度はラインの着信音が鳴った。
琉生か純菜だろうか?そう思いスマホ画面を見ると、それは、比奈守君からのメッセージだった。
《いきなりすいません。先生は無事に家に帰れましたか?》
返事をしようかどうか迷ったけど、無視をするのもためらわれた。ラインのメッセージは、メールと違い、こちらがメッセージを見ると相手にもそれが分かってしまう。