「恋って、認めて。先生」
翌日。朝のショートホームルームで、生徒の名前を読み上げた。琉生や純菜のおかげで、昨日よりもリラックスして教壇に立つことが出来た。
「ひなもりせき君」
「はい」
よし!最大の難関クリアー!今日は間違えなかったぞ!
それに、比奈守君の表情も昨日よりは柔らかい気がする。もう、怒ってはいないみたい。良かった。
その日、午後から、A組で現代文の授業があった。自分のクラスで授業を教えるというのは、何だか少し気恥ずかしい気がする。気にしすぎかな。
「ここ、中間テストに出ますからね」
黒板を指差し教室を見渡すと、ただ一人、比奈守君と目が合った。他の子達が必死にノートを取る中、彼だけが手を止めこっちを見ている。
「……?」
シンとした教室で、声をかけるべきか気付かぬフリをするべきか迷っていると、ふいっと目をそらされる。
何だったんだろう?分からない所でもあったのかな?もっと突っ込んであげるべきだった?
仕事にはだいぶ慣れたつもりでいたけど、こういう時、どう対応したらいいのか分からなくなる。
その後も、授業中、比奈守君と目が合いすぐにそらされるということが繰り返し起こった。一度や二度なら偶然と思えるけど、用事がないのにああも目が合うのはおかしい。こんなことは初めてだ。
教師歴三年。まだまだ未熟な私に、今、試練がやってきたのかもしれない…!教師としての資質が問われているのかも!?
もしかしたら、比奈守君は人前では出来ない質問をしたかったのかもしれない。このままじゃ気になって寝れないし、二人きりで話す機会を探そう!
もっと時間がかかると思っていたのに、放課後、そのチャンスはあっさり訪れた。
生徒達が帰った後、ひとり中庭の自販機に向かう比奈守君を追いかけ、私は声をかけた。周りには誰もいない。
「比奈守君!」
「……先生」
「昨日は、名前間違えてごめんね」
「いえ……」
昨日のことをまず謝り、話を切り出した。
「さっき、どこか分からない所でもあった?」
「別に、ないですけど」
「そっか、ならいいんだけど……」
あれ?会話終わり?私の勘違いか……!これはこれでなんかものすごく恥ずかしいぞっ!目が合ったっていうのも気のせいだったのかもしれない。
何と言って立ち去ればいいのか分からずまごつく私のそばで、比奈守君は落ち着き払った態度を保ち自販機で何かを買っている。
やっぱり、冷静というか、何を考えているのか分からない子だな。他の子みたいに感情をガンガン表に出すタイプでもなさそうだ。ううん、むしろ私が子供っぽすぎるのか!?