「恋って、認めて。先生」
一人考え込む私に、比奈守君は紙パックのイチゴオレを差し出してきた。
「え……?」
「昨日の詫(わ)びです」
「そんな、謝られるようなことなんて何もっ」
首を横に振る私に、比奈守君はイチゴオレをぐいっと押し付けてきた。
「俺、甘いの飲めないんで」
「でも……。もらっちゃっていいの?」
「もらってくれないと困ります。昨日、大人気なくてすいません」
私に背を向け、比奈守君は言う。彼が今どんな顔をしているのか、妙に気になった。
「昔よく、クラスのヤツとかに女みたいな名前だなってからかわれてたんですよ。それから自分の名前ってあんまり好きじゃなくて。昨日は先生に八つ当たりした部分あるんで」
「そう。そんなことがあったの……」
自分の名前がコンプレックス。それで昨日、比奈守君はそっけない言動をしてたんだな……。今日、授業中にやたら目が合ったのも、私に謝るため。
素直でいい子だな。ミステリアスな雰囲気なのは変わらないけど、それでも、そういうことを話してくれて何だが嬉しい。
「そんなこと、気にしてないよ。でも、イチゴオレありがとう。後で大事に飲むよ」
言いながら、私は自販機にお金を入れた。いつどこででも休憩できるよう、スカートのポケットに多少の小銭を入れてある。
「甘いのはダメなんだっけ。比奈守君は何が好き?」
「コーヒー。ブラックで」
「おお、大人だね~!」
ガコンと音を立てて出てきたブラックコーヒーの缶を比奈守君に手渡す。その瞬間わずかに互いの手が触れた。比奈守君がとっさに手を引っ込めたことで、缶が落っこちてしまう。
「大丈夫?ごめんね」
まずいまずい。つい、琉生や純菜を相手にするような気分で渡してしまった。相手は七つも年下の生徒なんだから、気をつけないと。下手したら逆セクハラで訴えられてしまう。
今度は触れてしまわないよう、缶の縁を持って慎重に渡した。
「ありがとうございます」
「いいよ。一方的に生徒から物もらうわけにはいかないからお返しだよ。帰り道、気をつけてね」
「ごちそうさまです。さよなら」
「さようなら」
教師らしく振る舞えたかな?
まだまだ、大学生気分が抜けない。高校生に囲まれてるとなおさらだ。でも、私はもう立派な大人。
比奈守君との間に分厚い線を引くような気持ちで、私はその場を去ったのだった。
その夜、私の部屋に来た琉生は、比奈守君との出来事を私から聞くなりイキイキとこう言った。
「恋の予感がするっ。禁断の匂いがっ……!」
「琉生はすぐそれなんだから」
「だって、いちいちそんなことで謝る生徒いる?飛星に気があるとしか思えない!」
「ないない。生徒だよ?」
私は、琉生が手土産に持ってきてくれた焼き鳥を片手にウーロン茶を飲んだ。今日、純菜は残業が長引きここへは来られないそうなので、琉生の妄想発言を止めるストッパー役が私しかいないのである。