「恋って、認めて。先生」
何て答えたらいいんだろう?再び沈黙が訪れる。
比奈守君の言うことは当たっていて、だからこそ答えに困った。私にとって、永田先生と比奈守君は全く別の存在だ。
永田先生とは一度食事をしただけで充分だけど、比奈守君とは今後も繰り返し会いたいと願ってしまう。こうしてプライベートな時間を共有していることからして、私のこういう気持ちは比奈守君にも伝わっていると思う。
だけど、まだ、私の弱い部分が比奈守君と向き合うことを恐がっている。
好き。その一言が言えたら楽なのに、なかなか言えない。
『すいません。先生の気持ち無視しないって約束したばっかなのに、もう困らせてる』
比奈守君の声は穏やかだけど、どこか寂しげでもある。
『ただ、ひとつだけ許して下さい』
「え……?」
『先生を好きでいること』
「卒業したら私のことなんて忘れるよ、きっと」
試すようなことを言ってしまった。気持ちに応える気がないなら突き放すべきなのに、やっぱり、そんなことはできなかった。
今すぐ好意を見せることはできないけど、比奈守君の気持ちが離れていくのも嫌。ワガママだけど、卑怯な方法だけど、こうすることでしか比奈守君の気持ちを引き付けておく術がない。
どんな答えが返ってくるんだろうと思い身構えていると、電話は切られてしまった。
「そんな……」
もう、嫌われたかな?面倒な女だと思われた?
無音のスマホ画面を見て立ちつくしていると、インターホンが鳴った。こんな夜中に、誰?
警戒しながらゆっくり玄関に近付き、ドアアイを覗く。するとそこには、比奈守君の姿があった。
どうして!?もしかして、夜道を歩きながら電話してくれてたの?
勢い良く扉を開け、私はハッとした。もうシャワーを浴びてしまったからすっぴんだし、部屋着だし、まるで緊張感のない格好。好きな人に見せるプライベートな姿第1号がコレなんて恥ずかし過ぎる。穴があったら今すぐ隠れたい!だけど、比奈守君はそんなこと全く気にしていないようにまっすぐ私を見下ろしている。
好きな人が夜中にアパートを訪ねてくる。夢にも思わなかった異常事態に、私の全身は熱くなった。私服の比奈守君はとても大人っぽくて、かっこよくて、年下なのに男の人という感じがした。
心と体がバラバラになったみたく、私の口は勝手に動いてしまう。
「もう、終電終わってるよね?」
「自転車で来ました」
「ご両親が心配するよ?」
「もう寝てますよ」
「電話切れたから、怒ってるのかと……」
「怒ってるように見えますか?」
「何しに来たの?」