「恋って、認めて。先生」
「結婚なんて考えてないって!お見合いなんてしないから。もう切るよ!?」
苛立ち気味に電話を切り、私はため息をついた。ゴールデンウィーク明けの週末のことだった。
最近お母さんからの電話に出られないことが多かったので申し訳なく思っていたけど、そんな罪悪感すら今ので吹っ飛んでしまった。そんな話なら出るんじゃなかった。
久しぶりに話せたかと思えばいきなり結婚って。親なりに心配してくれているのは分かるけど余計なお世話だ。最近は、法事などで親戚が集まると普段関わりのない人達にまで将来の心配をされるので困っている。
その日の夜、いつものように私の部屋に集まっていた琉生と純菜は、夕食のたこ焼きをつまみつつ私に共感を示してくれた。
「ウチの親もうるさいよ。三十までには結婚しろ〜って」
「純菜んちも?放っておいてほしいよね」
「そうだよ。今は結婚しない人の方が多いんだし」
「親世代には分からない感覚なのかもしれないね」
私達は、そろってため息をつく。
今は三者面談のある週で、それと同時に体育祭の準備なども進めなければいけないから、教師も大忙しである。親には悪いけど、そんなとこへ一方的に見合いの話なんかされたらどうしたってピリピリしてしまう。
「ごめんね、グチっぽくなって」
明日は休みだ。私は謝り、カクテルを出してきた。それまで食べながら私達の話を聞いていた琉生は、近頃尋ねてこなかったことを口にした。
「比奈守君とはどうなんだよ?」
「ラインしたり電話したり、仲良くしてるよ。学校関係者には内緒だけど……」
「ふーん……」
どこか不満そうに、琉生は言った。
「比奈守君って、飛星に一目惚れしたんだったよな?」
「うん。私にはよく分かんないけど、本人はそう言ってた。それがどうかしたの?」
「昨日テレビで言ってたんだけど、男の一目惚れって、生物学的にれっきとした根拠があるらしいぜ?」
生物学的。その響きが妙に艶めかしくかんじてしまうのは、私が現代文の教師だからでは決してないはずだ…!
「そうなの??」
私より先に興味を示した純菜に、琉生は楽しげに語る。
「男って、視覚から判断する生き物だろ?その分、女よりうんと視覚が優れてるらしくて、自分に合う異性を瞬時に嗅(か)ぎ分けることが出来るんだって」
「嗅ぎ分けるって、それ嗅覚じゃない?」
思わず私はツッコミを入れてしまう。琉生ははははと笑い、
「言葉のアヤだよ。とにかく、それが本当なら、比奈守君は動物的感覚をもって飛星を選んだってことだ」
「琉生が言うとヤラシイ感じにしか聞こえないのは何でだろう……」
「いいから真剣に聞けって!」
琉生は座り直してまで言葉を続けた。
「実際、一目惚れした男が相手の女に告白してうまくいくケースは、統計上多いんだって。その理由は、女の方もその男を気に入るからだよ」