「恋って、認めて。先生」
「そうなんだ。琉生も、今の彼氏に一目惚れして付き合ったの?」
「当たらずとも遠からず、だな」
純菜の質問に曖昧な笑みを見せ、琉生は再びこっちを向いた。
「いつまでも小学生みたいなことやってないで、いい加減ビシッと決めたらどうだ?」
「琉生、言い過ぎだよ!飛星にも飛星のペースがあるんだから」
「純菜だって、ホントはそう思ってるんだろ?」
「否定しないけど、私、飛星の気持ちも分かる気がするから無理言えないよ」
琉生と純菜が言い合うのを、私は止めた。
「二人とも、やめて?私のせいでごめんね……」
和やかだった空気は、一気に冷めてしまう。ケンカなんて何年ぶりだろう。ここ最近全然してなかった。
琉生のグラスにカクテルのおかわりを注ぎながら、私は尋ねた。
「どうしたの?何かあった?」
「……大きな声出して悪かった」
カクテルをゆっくり口につけ、琉生は話した。
「彼氏に、距離置きたいって言われてさ……。親に俺との付き合いがバレて、反対されたんだって。それで……」
「そんな……」
ゴールデンウィーク、彼氏と旅行に行ったと話し、お土産をたくさんくれた。その時の琉生はとても幸せそうで、こんな話を聞かされるなんてちっとも思っていなかった。
「お互いに好きな気持ちはある。でも、男同士だしな……。音大(音楽大学)ではそういう奴けっこういたけど、世間一般にはまだまだ理解されない恋だって分かってる。アイツの親が俺との付き合いに難色を示すのも当然だ……」
うつむく琉生を前に、私は純菜と視線を交わす。
琉生の言いたいことが手に取るように分かった。同性愛という領域に足を踏み入れた琉生からしたら、教師と生徒の恋愛なんて禁断でも何でもないのだろう。実際、そうだと思った。
「今は無理でも、将来的に飛星と比奈守君は公に交際できるよな。いつか、友達や親に堂々と紹介できる。おれっちも、出来ることならそういう恋愛がしたかったよ」
比奈守君のことが好きなのになぜ前に進もうとしない?そう問われている気がした。
その日、二人は私のアパートに泊まることになった。酔っ払った琉生が一人で居たくないと泣き出してしまったのだ。
琉生が眠った後、純菜と私は水のペットボトル片手に並んでソファーに座った。
「琉生、いつも明るく振る舞ってたけど、本当は無理してたのかな?」
「無理はしてなかったと思うよ。ただ、正直というか、自分にウソつかないタイプだよね、琉生は」
「純菜は、琉生のことよく分かってるね。琉生のことだけじゃない。私のことも……」
「そうかな?」
おっとり笑い、純菜は言う。
「どんなに仲良くて大好きな友達でも、その人の心の中までは分からない。想像することなら、いくらでもできるけど……」
「純菜も、比奈守君と私の関係、おかしいと思う?」
「おかしくはないけど、ちょっとじれったくはあるかな」
「そっか。そうだよね……」
「でも、それは私や琉生の視点であって、比奈守君はまた違う考えを持ってるかもしれないでしょ?だから、周りの言うことに惑わされないで、飛星のペースで行けばいいよ」
「周りの意見に惑わされず、か……」
「ただでさえ、教師やってると雑音多いと思うし、慎重になるのも分かるよ」
「そうだね。下手なことしたら一気に犯罪者の烙印(らくいん)押されるからね」
冗談混じりにそんな事を言い苦笑すると、純菜もわざとおどけて言った。
「一目惚れは生物学的根拠がある!って話には惑わされそうになったけどね」
「ホントのとこ、どうなんだろうね?」
笑い合い、何でもない話をして、純菜と共に夜を過ごした。琉生と彼氏が仲直り出来ますように、そう、祈ってーー。