「恋って、認めて。先生」

 それから二日後の、三者面談最終日。

 ついに比奈守君の番が回ってきた。この日が来るのを心待ちにしていたような、それでいて避けたいような、複雑な気分で私はこの日を迎えた。

 親と子で進路への希望に食い違いがあることが発覚し、三者面談では、たまに親子ゲンカに発展してしまうこともあるのだけど、比奈守君のご両親はとても優しく穏やかな方達だというのは先日知ったので、そういう不安はあまりなかった。

 ただ、ひとつ気がかりがある。新学期が始まってすぐに集めた進路希望調査票。今回改めてそれに目を通していたら、比奈守君の進路希望には引っかかるものを感じた。

 比奈守君の成績は決して悪くない。本人も言っていた通り現代文の点数は一番低いけど、それでも学年平均より上の点数を取れているし、受験生である自覚を強く持って塾にも真面目に通っているみたいだ。それなのに、彼の希望する大学はどこも易しすぎるというか、狙えばもっと難関に受かれるのに、あえて希望大学のランクを落としているようなフシがある。

 これは教師の悪いクセなのかもしれないけど、生徒には全力で受験に臨んでほしいと思ってしまう。もちろん、生徒の道をコントロールしようなんて気はさらさらないけれど、比奈守君にはもっと大きな可能性があるのに、自ら選択の幅を狭めてしまっているように見え、とても悔しいのだ。

 比奈守君にも、そうする理由があるのかもしれない。不愉快な思いをさせてしまうかもしれないけど、今日はどうにかしてそういう話を出来たらいいなと思う。


 比奈守君の三者面談の順番は、本日の最後から二番目だった。夕焼けがあたたかく感じる午後。

 彼の名前を呼ぶと、先日焼肉屋で見たお母さんと比奈守君が教室に入ってきた。三者面談用にセッティングした机に着き、私達は向かい合って座る。

「比奈守君は、第一志望がG大学、第二希望がN大学、第三希望がK大学となっていますね。間違いありませんか?」
「はい」

 比奈守君は小さい声で答え、うつむく。何だか、新学期の頃に戻ってしまったみたいだ。声にも温度が感じられなくて、表情を見ても何を考えているのか分からない。

 ここのところラインで他愛ないやり取りをし、恋人でもないのに「おはよう」とか「おやすみ」の挨拶メッセージも交わしていた。だからこそ今目の前にいる比奈守君に距離を感じてしまう。

 そうやって友達のノリで仲良くラインしていても進路のことにはなぜだか触れられなくて、尋ねるなら三者面談でと決めていたけど、ここで訊(き)くのもズルいかもと今さら思ってしまい申し訳ない気分になる。

 何て切り出そうか……。

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