「恋って、認めて。先生」
時間にしたら1分もなかったと思う。その間、私は考え、迷った。
やっぱり、教師だからって比奈守君の進路希望にケチをつけるのは良くないかも。プライベートで仲良くなってから、私は比奈守君に入れ込み過ぎてるのかもしれない。
でも、このまま何もなかったふりをしてまた仲良くするなんて、なんか……。
比奈守君の進路希望調査票を手に、私は思い切って口を開いた。
「比奈守君の行きたい大学は、本当にここなの?」
比奈守君だけでなく、お母さんまでもが目を見開いてこっちを見る。まずい!言い方ストレート過ぎた!?遠慮なさ過ぎ?どうしよう……。
高校生は多感だ。私もそうだったからよく分かる。大人の不必要な言葉で心を閉ざす子供は多い。教師が思う以上に生徒はナイーブだ。分かっていたはずなのに、私ってやつは!
脳内に悪い想像ばかりが走る。比奈守君が私に壁を作ってしまったら、色んな意味で終わりだ……。手に汗をにぎりつつフォローのセリフを考えていると、比奈守君のお母さんが言った。
「私も先生と同じこと思ってた。塾も、夕から通いたいって言い出したよね?それなのに志望校のレベル下げるってどういうこと?分かるように説明してちょうだい?」
お母さんも、私と同じことを思ってたんだ……。その事実とお母さんの言葉に、私は動揺した。たしかに私も比奈守君の進路には疑問があったけど、決して彼を責めたいわけじゃない。
「妥協も必要だろ?」
比奈守君は冷めた口調で言った。
「先生。それでいいです。特にやりたいこととかもないんで」
再びうつむく比奈守君は、どこか寂しそうに見えた。顔の作りが整ってるからポーカーフェイスも様になるけど、そういう風に振る舞って本音を隠しているのかもしれない。今までもそうしてきたのかな?
「ったく……。先生、すいません。見苦しい所を見せてしまって……」
お母さんはため息をつき肩を落とすと、助けを求めるように私を見た。このまま放置してはいけない。それだけは分かる。
「そうだね。世の中には妥協が必要な場面はたくさんあるよね」
思い切って口を開くと、比奈守君はうつむかせていた顔をこちらに向けた。
「分かるよ。先生も、高校生活は妥協一色だったから。ううん……。教師になったばかりの頃もそうだった。他に夢があったから」
私の経験談が比奈守君にどう響くかは分からないけど、今はこうすることしか思い浮かばない。
「こんな話、生徒やそのお母様の前でするのは情けないことなんだけど……。先生ね、第一志望の公立高校に落ちて、滑り止めで受けた私立高校に入学したの。子供の頃から調理師になるのが夢で、高校は絶対に食物科のあるところって考えてた」