「恋って、認めて。先生」
やっぱりそうだったんだ。比奈守君は進路のことで悩んでた。……って、あれ?冗談って何?どこからどこまでが冗談だったの?
何を考えてるのか、さっぱり分からない。ううん、私が鈍感過ぎるのかな?25年間という人生の中、恋愛経験なんて積み木ひとつ分くらいしか積んでないし……。
日々のラインや電話で比奈守君との親密度はアップしたような気がしていたけど、親密度と理解度は必ずしもイコールじゃないのだと思い知った。比奈守君、あなたは謎過ぎます。
ただでさえ、年下っていうだけで攻略難航ジャンルなのに……。
私の脳内会議もむなしく、比奈守君は何事もなかったように歩きはじめた。戸惑いを胸の内に押しやり、私もそっと彼の隣を歩く。
「三者面談では言えなかったんですけど、俺も、私立中学の受験失敗したことあるんです」
「小学生の時に受験したの?すごいね!」
私が小学生の頃、中学受験をする児童は周りに一人もいなかった。
「イトコに一個上の兄さんがいるんですけど、その人に勧められて受けたんです。勉強だけじゃなく、その人は何でも知ってて何でも出来ました。優しくて誰に対しても平等で、大人にも子供にも人気があった。その人は私立中学に入ったんです」
「尊敬してるんだね、その人のこと」
「はい。尊敬してたし、昔から俺の目標でした。私立中学に行けばその人と同じになれるって思ってました。でも、俺はそこまで優れてなかったんです。年が近いから、親戚の人達もその人と俺を比較して話題にしてて。中学受験失敗した時も、何かと比べられるようなこと言われて……。それから、何かを一生懸命やるって行為がバカバカしくなって……」
その気持ち、よく分かる。高校時代の私と同じだ。
比奈守君は、私立中学入学のためにものすごく頑張ったんだと思う。その努力が報われない結果になり、燃え尽きてしまったんだ。
「志望大学のランクを低くしたのも、そのため?」
「…….全力を出してまた失敗したら。そう思うと……。将来の夢とかもないし」
比奈守君は迷いのない目でこちらを見て言った。
「でも、さっき先生の話聞いて、それは自分への言い訳だったんだって思いました。俺は勉強を極めたかったわけじゃない。昔からイトコの兄さんに憧れて、あの人のように生きるのが目標だったんだって、気付いたんです」
「その人は、今どうしてるの?」
「アメリカに留学して、造形の勉強をしてます。高校の頃物作りに目覚めたみたいで。親も親戚も、それまでとは全く異なる兄さんの生き方にビックリしてました」
「そう。やりたいことをしてるんだね」