「恋って、認めて。先生」
職員名簿に住所が載っているので、永田先生がここに来るのは可能なこと。だけど、今はやっぱりどこか気まずいので、出来れば二人きりでは会いたくなかった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、永田先生は気の抜けた声で、
「良かった。生きてた!」
ドアの向こうで、大げさなくらい喜んでいる。それは、私のよく知る以前の永田先生だった。面倒見が良くて優しくて、誰よりも尊敬できるかっこいい男の人。仕事の大先輩。
「すいません、今部屋着なので、ちょっと待っててもらえますか?」
「ううん、出てこなくていいよ。コレ届けに来ただけだから」
言うなり、永田先生はドアノブに何かを引っかける。その音からして、コンビニかどこかで買った物を差し入れしてくれたのだと分かった。
「無言で置いてかれたら大城先生も気持ち悪いだろ?一言言っとけば大丈夫かと思って。お大事にな」
宣言通り、永田先生の足音は軽快に遠ざかる。私は急いで着替え、ドアを開けた。
「永田先生も忙しいのに、すいません。ありがとうございました!」
「わざわざ着替えたの?」
アパートの共有スペース。その奥で足を止め、永田先生はこっちを振り返った。何事もなかったかのように優しい顔がそこにあった。
「赴任して以来無遅刻無欠勤だったのに突然休むから心配になってさ。思ったより元気そうで良かった」
「今朝病院に行ったので……。明日には出勤できると思います」
「そう。でも、もう休んだ方がいいよ。今期の風邪、しつこいらしいから」
永田先生は苦笑する。
「あの、永田先生」
「ん?」
「お茶出します。上がっていきませんか?」
見舞いに来てもらい、差し入れまでもらっておいてこのまま帰すのは申し訳ない気がしたし、永田先生はもう私とのことを割り切ってくれている。そう感じたので、私は彼を部屋に招くことにした。
「でも、いいの?」
「はい。ちょっと散らかってますけど、座る場所はちゃんとあるので」
「そういうことじゃなくて……」
永田先生は困惑を隠すように穏やかな表情を作る。
「いくら同僚とはいえ、そうやって簡単に男を部屋に上げない方がいいよ」
「そんな……!私はただ、差し入れのお礼にと思って。他意はないですから」
「言い切るね」
永田先生は私のおでこを軽く指でつつき悲しげに眉を下げると、踵(きびす)を返した。
「気持ちは嬉しいけど遠慮しとくよ。正直なことを言うと、僕はまだ君に下心があるから」
「そうなんですか?そんな風には見えませんでした……」
「感情さらして生きてる人の方が少ないよ。この歳になればなおさらね。素直なのは君のいいところだけど、そういう部分は本当に大切な男の前でだけ出すべきだと思う」
諭すように言い、永田先生は帰ってしまった。
私のことをまだ好き。そう言っていたのに、比奈守君とは全然対応が違う。
……そっか。大人になればなるほど、恋心ってまっすぐ口に出来なくなっちゃうんだ……。永田先生も、私と同じ。きっと、色んな想いの狭間で葛藤しているんだ。