「恋って、認めて。先生」

 と、思っていたはずなのに、比奈守君に抱きしめられる夢を見て以来、私は学校に行くたびドキドキしてしまうようになった。そんな自分に気付くたび、もう一人の自分が『お前はヘンタイ教師か!しっかり職務をまっとうしろ!』と、叱りつけてくる。

 夢とは思えないくらい、あの体温が体に強く残っている。

 夢なんて、時間が経てばすぐに忘れてしまうのに、今回の夢ばかりは簡単に記憶から消えてくれそうになかった。



「先生!次の問題、書いてください」

 授業中、ぼんやりしすぎて生徒から指摘されてしまう始末。重症だ……。


 それからの数日間、私の夢を色濃くするかのごとく、比奈守君の視線を感じることが増えた。私が意識しすぎなのかもしれないけど……。極力彼の方を見ないようにし、授業を進めた。


 そんなある日、私の変化に気付いた永田先生が、中庭の渡り廊下で声をかけてきた。

「大城先生、大丈夫?最近、何か悩んでる?」
「いえ。大丈夫です」
「一生懸命なのはいいけど、何かあったら我慢せずに相談してね」

 永田先生に優しく肩を叩かれ、私は照れてしまった。

「ありがとうございます」

 お礼を言い見送ると、後ろから比奈守君がやってきた。ドキリとする。今の、見られてた?そんな焦りが、なぜだか湧いて止まらない。

「先生って、永田先生と付き合ってるんですか?」

 名前を間違えた時以上にぶっきらぼうな声音で、比奈守君が尋ねてくる。冷めた雰囲気に似合わない熱っぽい視線がまっすぐこちらに向き、私は不覚にも胸の高鳴りを止められなかった。

「付き合ってなんかいないよ。話してただけ」

 作り笑いで答えるも声がうわずってしまう。これではウソをついてると思われるかな。でも、比奈守君を意識していることを隠すための防具にはなるかも。

 そのまま黙っていると、比奈守君はそっけなく言った。

「へえ。付き合ってないのに肩とか触るんだ。永田先生、イケメンとか言われてチヤホヤされてるけどただのセクハラ教師なんですね」

 比奈守君が淡々とそんなことを言う姿が、私はひどく悲しかった。

「比奈守君、人のことそんな風に言うものじゃないよ。私はセクハラされたなんて思ってないし、永田先生は誰にでもああなの。優しい先生なんだよ?」
「やけにかばうんですね」

 飽き飽きしたと言いたげに、比奈守君はため息をつく。

「永田先生だって男でしょ?下心とか普通にあるんじゃないですかね?」
「そんなっ、ないよ絶対!」
「どうだか。そんな風に受け取るの先生だけじゃない?鈍感そうだし」
「なっ……!」

 言いたいだけ言って、比奈守君は校舎の方へ歩いていってしまう。私も言い過ぎたかもしれないけど、あんな言い方しなくてもいいのに!

 夢の内容を意識してドキドキしてたのがバカバカしくなった。比奈守君、ひどいよ……。


 しばらくその場でたたずむ。

 冷静さが戻ってくると、ようやく比奈守君の言動の意味を深く考えることができるようになった。

 どうしてあんなひどいことを言うんだろう?永田先生のこと好きじゃないのかな?比奈守君って永田先生と接点あったっけ?

 セクハラ教師ーとか嫌なことばかり言ってたのに、彼の顔は悲しげで、泣きたいのを我慢しているような感じにも見えた。私があんな顔をさせたのだろうか?罪悪感で胸が痛い……。

「また、怒らせちゃったのかな…?どうしよう……」

 初日といい、私は比奈守君を怒らせてばかりだな……。

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