「恋って、認めて。先生」
離れたくない。いつまでもそうしていたい。そう思っても、朝は来る。今日、学校休んでしまおうか……。
何も言えず、比奈守君に肩を抱かれながら彼の胸に顔をうずめていると、まるで私達のことを監視していたみたいなタイミングで、学校から電話がかかってきた。
「……おはようございます。大城です」
『体調はいかがですか?』
「はい。おかげ様でだいぶ良くなりました。今日は行きます」
『それは良かった』
相手は校長先生で、今日の職員会議に持ち寄る資料についての説明をされた。
『他の先生方には昨日話したんだけど、大城先生は昨日休みだったでしょ?早めに伝えておかないとと思って。そういうことですから、よろしくお願いしますね』
「分かりました。ご連絡ありがとうございました。失礼します」
何でもない風に電話を切ると、一気に自分の立場を思い出した。
「着替えて、仕事に行かなきゃ……」
「そうですね」
比奈守君はベッドを抜け出すと、夜脱がせた私の服を一枚ずつ丁寧に着させてくれた。すぐに自分の着替えも済ませ、昨夜持ってきた袋の中から小さな包みを取り出した。どこかの雑貨屋で買った物なのか、可愛くラッピングされている。
「先生にあげます」
「え……?」
「昨日、本当は、お見舞いも兼ねてそれを渡しに来ただけなんです」
「そうだったの……。開けてもいい?」
中には、花をモチーフにしたネックレスが入っていた。公園で見た花のことを思い出し、私は顔が熱くなった。
「もらっていいの?」
「先生に受け取ってほしいんです」
目の前でかざすとシャランと音を立て、ネックレスは朝日を反射して綺麗に輝いた。
「つけてあげます。安物で悪いですけど……」
恥ずかしそうにつぶやき、比奈守君は私の首にネックレスをつけてくれた。彼の指先が首筋に触れ、また、鼓動が速くなる。
「大人になったら、もっと立派なものプレゼントします。それまで待ってて下さい」
大人な私にカッコ悪く思われたくなかったのかもしれない。比奈守君はまっすぐ私を見つめ、熱いキスをくれた。年の差に不安を感じてるのは比奈守君も同じなんだと、その触れ方で分かった。
「立派なプレゼントなんていらないよ」
比奈守君の頬を両手で柔らかく挟み、私は言った。
「このネックレス、大切にするね。本当にありがとう……!」
嬉しくて涙がこぼれた。比奈守君の気持ちが嬉しい。たくさん触れられて嬉しい。特別なプレゼントをもらえてとても幸せ。
「先生、好きだよ」
比奈守君は私の指先を優しくにぎった。
「皆には気付かれないように気をつけるから、これからも会いに来ていい?」
「……うん!いいよ。比奈守君が嫌じゃないなら」
「嫌なわけない。こんなに好きなのに……」
比奈守君は切なげに目線を下げ、私を抱きしめた。
「絶対先生の迷惑になるようなことはしない。約束します」
卒業まで隠し通すしかない。私はとうとう、越えていけない壁を越えてしまったのだと、この時ようやく痛感したのだった。
誰にも悟らせない。この恋を守ってみせる。比奈守君が卒業するのを待てば、問題ないはずだ。
周りの人達の動きなど知るよしのなかった私達は、この時、すがるようにそう信じることでこの恋を守ろうとしていた。