「恋って、認めて。先生」
6 現実にかすむ視界
「じゃあ、また後でね。先生」
「気をつけてね」
「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから」
アパートの玄関先で比奈守君を見送る時、彼は強調するように「子供じゃない」と言った。
「分かってる。ただの挨拶だよ……」
抱き合った時のことを思い出し、顔が熱くなる。比奈守君が子供ではないことを、私は身をもって知ってしまった。
「先生、俺、帰りづらい」
「え?」
「そんな可愛い顔されたら……」
比奈守君は、赤面したままうつむく私の髪をなでた。優しい指先に、心が弾む。
「先生を前にして、学校で普通に接する自信、本当はないけど……。努力します」
比奈守君は照れたように横を向き、首筋を触った。その仕草が、とても愛おしい。
「私も頑張る。他の人達に知られたら大変だもんね」
「先生……」
開いていた扉を半分閉め、比奈守君は私にもう一度キスをした。外の景色から隠すようなその仕草。気遣いは嬉しいのに、公にできない関係なのだと思い知り切なくもなる。
「教室で先生に会えるの待ってる」
「うん……」
「ラインするし、電話もするから」
安心させるようにそう言い、比奈守君は本当に行ってしまった。
時間も立場もなかったら、心ゆくまで彼のそばにいられるのに。ううん、教師をしていたから私達は出会うことができたんだ。そんなことを思いながら、遠ざかる比奈守君の姿を見送っていた。
それからシャワーを浴び着替えを済ませると、アパートを出ていつもの電車に乗り出勤した。一睡もしていない上に病み上がりなのに、心なしかいつもより体が軽い。
つけていこうかどうか迷ったものの、私は結局、比奈守君のくれたネックレスを身につけ出勤することにした。仕事中は外すべきかと思ったけど、そこまで細かく私の身なりを観察する人はいないだろうと思い、気にしないことにした。女性教諭でアクセサリーをつけているのは私だけではないし。
教室で比奈守君と顔を合わせたら、今まで通りにしなきゃ。気持ちを切り替え、校舎へ向かう。
職員玄関で、同じく出勤してきた永田先生とバッタリ顔を合わせた。永田先生は驚いたように肩をすくめ、
「風邪はもういいの?休んでなくて大丈夫!?」
「はい。1日寝ていたら良くなりました。ご心配をおかけしてすみません。昨日は本当にありがとうございました」
「ううん……」
永田先生はぼんやり私の顔を見つめてくる。
「あの、どうかされましたか?」
戸惑い気味に尋ねると、永田先生は困ったように笑った。
「セクハラと思わないで聞いてね?」
「はい……?」
「1日見ないうちに、ずいぶん綺麗になったなと思って」
「えっ!?そんなことないですよ!」
綺麗になった?メイクはいつもと同じだし、これといって何もしてないんだけどな……。