「恋って、認めて。先生」

 よりによって、一番知られたくない相手に気付かれてしまった。

 最近は何ともないしこうして普通に話せているけど、永田先生の告白を断った直後、彼は比奈守君への恋を否定してきた。嫌味のように机に置かれた新聞記事のことも、忘れはしない。

 そんな人に本当のことが知られたらどうなるか分からない。以前のように永田先生のことをまっすぐ信じられない。比奈守君に迷惑がかかるような展開だけは避けたかった。


「永田先生のご指摘にはビックリしました」

 心臓が破裂しそうになりながら、私は平然を装いごまかした。

「バニラの匂いなんてどこにでもありますし、ハンドクリームの香料なんかにも使われてます。偶然じゃないですか?比奈守君の家でもウチと同じ芳香剤を使っているのかもしれませんよ」
「……それもそうだな」
「そうですよ。だいたい、男子生徒を自宅に入れるわけないじゃないですか〜。女子生徒ならまだしも」

 良かった。永田先生は私の話を信じてくれたみたいだ。

「変なこと言ってごめんな」
「いえ。こちらこそご心配をおかけしてすみませんでした。比奈守君にも、もう永田先生に変なこと言わないよう、よく言って聞かせますから」
「いいよ、そんなことしなくて」

 眉を下げ、永田先生は苦笑する。

「君にそんなこと言われたら彼のプライドが傷付くだけだよ。子供だけど、彼だって男なんだから。僕も気にしてないし」
「永田先生がそうおっしゃるなら……」
「僕はもう少しやる事があるから残るよ。気をつけてね」
「お疲れ様でした。お先に失礼します」

 頭を下げ、私は外に出た。

「偶然同じ匂い、か。そういうことにしておくよ」

 私を見送りながら永田先生がそんなことをつぶやいていたなんて、知らなかった。


 ホッと胸をなでおろし、気楽な足取りで校門を抜ける。外はすっかり暗くなっていた。

 永田先生のことをごまかせた。ホッとしつつ、今後はもっと慎重に動かないといけないと思った。

 堂々とデートできない関係だからアパートでこっそり会うしかない。そう思っていたけど、卒業していない生徒を自宅に招くなんて、やましいことがなくてもダメに決まっている。今後は比奈守君のことを家に呼ぶのはやめて、ラインや電話で我慢するのが賢明なのかもしれない。

 ……そんなこと、耐えられるだろうか。こんなに好きなのに。

 まるで十代の頃の恋愛みたいに、心も体も比奈守君を求めていた。大人なのに、冷静になれなかった。これが、本気の恋ーー。


 電車に乗った後、ホームに降りた時、アパートへ向かう途中、何度もスマホを確認したけど、比奈守君からの連絡はなかった。
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