「恋って、認めて。先生」
彼の恋心に、計算に、翻弄させられたい。
永田先生との会話や職員会議の議題も忘れ、私は目の前の比奈守君に夢中になった。
鍋を作ると言い、比奈守君は器用な手さばきで野菜を切っていく。
「すごい!プロの料理人みたい!」
「昔からよく店の手伝いしてたので、これくらいは」
「すごいよ〜!比奈守君にこんな特技があったなんて、知らなかった」
「知りたいなら、何でも教えますよ」
「本当?」
比奈守君の全てが、大好き。もっと知りたい。そう思った。
比奈守君は困ったように笑い、私の頬を指先でなでた。
「そういう顔、他の男に見せないでね」
「比奈守君……」
「ここでは、飛星って呼ばせて?」
切ない声だった。
「先生の生徒ってこと、忘れたい。今だけは……」
「分かったよ」
「飛星」
「何?夕」
「なんでもない」
その日から、学校以外の場所にいる時、私達はお互い下の名前を呼び合うことにした。それは、現実を忘れさせてくれる甘くて苦い魔法みたいなルールだった。
比奈守君の作ってくれた鍋を食べ終え、お腹も心も満たされていると、私はまたもや、甘い期待をしてしまった。もっと、彼のそばにいたい、と。
だけど、期待通りにはいかず、食器を片付けるなり比奈守君は帰ると言い、玄関に足を向けた。
「もう、帰るの?」
好きという言葉の代わりだった。比奈守君は苦笑し、その広い胸元に私を抱き寄せた。
「一晩中、飛星のそばにいたいよ。でも、そういうのばっか目的みたいに思われるの、嫌だから」
「えっ……」
「飛星のこと、ちゃんと大事にしたい」
「夕……」
「飛星から見たら俺はまだまだ子供かもしれない。それで不安にさせてるとこいっぱいあると思うけど、いつか堂々とできるその時まで、大切に守りたいって思ってるから……」
「私もだよ。ありがとう。夕」
欲しい。比奈守君の肌を、熱を、想いを、全身で感じたい。彼を想いながら抱きしめる腕に、自然と力がこもった。
私の想いを知ってか知らずか、比奈守君は私の背中に回した腕にそっと力を込める。
「今朝、教室で飛星の顔見てビックリした」
「そういう顔してたね。何か変なところがあった?」
「ううん……。元々可愛いけど、さらに綺麗になってたから」
「ふふっ。そうだとしたら、夕のおかげだね」
好きな人と抱き合うと女の人は綺麗になると、学生の頃何かの雑誌で読んだ。きっと今の私もそれに当てはまるんだろう。そんなことを知らない比奈守君は、拗ねたようにつぶやいた。
「だとしたらなんか複雑。田宮や永田先生がよけい飛星のこと好きになりそうで」
「そういえば、前、永田先生に私に触るなって言ったの本当?」
「……聞いたんですか」
「ごめん……。黙ってようかとも思ったんだけど、そのこともあって、永田先生、私達の関係を怪しんでるみたいだったから、ちょっと心配になって……」
「すいません、よけいなことしましたね、俺……」
珍しく、比奈守君は落ち込んだ様子になる。