「恋って、認めて。先生」

 さっきの意地悪キャラがウソのように、しおらしい口調で比奈守君は言った。

「飛星とこういう関係になれるなんて、あの時は思ってなくて。飛星が永田先生に好き放題されるのも腹が立って……。ライバルが大人ってだけで俺にはハンデなのに」

 そこまで想っててくれたんだ……。

「みっともないって自分でも思ったけど、ああするしか、飛星から他の男を遠ざける方法が分からなかった……」
「夕……。そんなに私のことを?」
「好きだよ。ううん、時間が経つたび、飛星に会うたび、好きになってく。こんな気持ち初めてで、どうしたらいいのか分からないことばっかり……」

 苦しげにうつむく比奈守君は、誰が見ても高校生。18歳の男の子だった。

「この気持ち、隠さなきゃいけないのに。もう永田先生に気付かれてるなんて……。飛星の迷惑になること、したくないのに」

 背筋が冷えた。比奈守君は、もうここへ来ないと言い出すつもりかもしれない。

「大丈夫!ばれっこないよ!」

 私は力強く言った。

「ここは学校からもけっこう離れてるし、生徒の自宅とかもなかったはず。永田先生の疑いも、うまく晴らしておいたから」
「……だったらいいけど、またいつボロが出るか分からないし……」
「私は大丈夫。夕のこと、隠し通してみせるから」

 私、バカだ。言ったらいけないことを言った。不安なのは比奈守君も同じなのに……!

「変なこと言ってごめんね」
「ううん。飛星は悪くない。俺こそ、前はごめん。永田先生に嫉妬したとはいえ、飛星にひどいこと言った」
「そうだっけ?」
「鈍感とか、そういうこと……。なんか俺、自分でもどうしようもなくて。あの時は、なんか……」
「もう気にしてないよ」
「本当、俺こそ感じ悪かった。鈍感なのも飛星っぽくて好きだから、あの時のことは許して?」
「本当にもう大丈夫だよ」

 恥ずかしそうに視線をさまよわせる比奈守君を見て、胸があたたかくなった。

「まあ、永田先生に対する評価は否定する気ないけど」
「えっ!?」
「『セクハラ教師』はたしかに言い過ぎたけど……。見るからに軽薄そう。付き合ってもない相手に気安く触りすぎ。どんだけ自信過剰なの?」
「こら!そういう悪口言わないの!」
「正当な評価だよ。あんな人が飛星の同僚なんて、考えるだけで嫌だ。違う高校に転任すればいいのに」
「もう!言い過ぎだよ?」

 すっかりいつもの比奈守君に戻っていた。注意しつつ、本当は、比奈守君がこんな風にあからさまなヤキモチを妬いてくれるのがたまらなく嬉しかった。ずっと、こんな時間が続けばいいのに。

< 88 / 233 >

この作品をシェア

pagetop