「恋って、認めて。先生」

 長いようで短いキスの後、比奈守君はそっと離れた。

「いつもひとりよがりで、ごめんね。飛星」

 切なげに謝る比奈守君を前にして、胸がしめつけられた。比奈守君は何も悪くない。私が曖昧なことをしているからいけないんだ。

「言わないと伝わらないよね。飛星、俺と付き合って?」
「え……」
「飛星にとって順序が違うのは分かってる」
「でも……」

 すんなりウンと言えない理由が、私にはあった。

「夕の気持ちは嬉しい。でも、卒業するまで、そういう関係にはならない方がいいよ。少なくとも、今はその時じゃないと思う。昨日ああいうことしておいてこんなこと言う資格ないってことも分かってるけど……」
「どうして?俺、誰にも言わない。友達にも、親にも」
「そういうのが、ダメなの」

 毅然と、私は言った。

「秘密の交際なんて、言うほど簡単なことじゃないよ。それに、誰にも付き合ってること話せないなんて、想像するよりつらいことだよ?会う時もこうやってコソコソしなきゃいけない。他の人に告白されても『恋人がいますから』なんて言えない」

 比奈守君が永田先生にヤキモチを妬いたのと同じで、私にも嫉妬心はある。今までは曖昧な関係だったからまだ大丈夫だったけど、ちゃんと付き合うことになったら、比奈守君に言い寄る女子生徒にものすごく妬いてしまいそう。教師として、それが何よりこわかった。

 それだけじゃない。

「外でデートなんてできないし、手をつないだり、お泊まりなんかもできないんだよ?」

 ああ……。大人ぶってもっともらしいことを言ってはいるけど、私は比奈守君以上に子供かもしれない。付き合う約束をしてしまったら、いま以上に彼に夢中になってしまう、そんな気がする。

 私はこんなにも、比奈守君のことが好きなんだ……。そんな自分を抑える自信がないから、曖昧な関係を保とうと必死になってる。

 付き合ったら、堂々と色んな所へ出かけて二人の思い出をたくさん作りたい。それが出来ない関係に、寂しくならない自信もない。


 ここで泣いたら卑怯だと思い、必死に堪えていると、

「水族館での顔……」

 比奈守君が言った。

「レクリエーションの日のこと、覚えてる?俺、たまたま迷子の飛星を見つけたんじゃない。同じ班の友達には適当言って別行動して、はじめから飛星のこと探してた」
「そう、だったの?」
「他の先生達と離れて別行動してる飛星を見つけた時、いつ声かけようか様子見てたら、飛星、そういう顔で水槽見てた。幸せそうなのに、悲しみを隠したような顔……」

 そっと、比奈守君の指先が私の頬をなでる。

「教室ではいつも明るくて一生懸命な飛星の、意外な一面を見たと思った。この人のこともっと知りたいと思った。泣き顔見れた時、俺だけが知る飛星の顔だと思って嬉しかったけど、同時に、俺が幸せにしてあげたいと思った」
「夕……」
「初めて飛星とラインした日、嬉しくて全然眠れなかった」

 優しい声で、比奈守君は私を抱きしめてくれた。

「そういう気持ち、これからもっと感じたいし、飛星にも感じてほしい。飛星と一緒に、大切にしたい」
 
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