in theクローゼット

side-篠塚愛子


  * * *


「え、なに……言ってるの?」


 私の腕をつかんだ青山が、稲葉から貰ったチョコレートのお礼を言ってくる。

 なんで、私に?


「稲葉から聞いたよ。篠塚さんが、これを俺に渡すよう頼んだんだよね?」


 にこにこと、赤い顔で青山が嬉しそうに笑っている。

 確かに稲葉は


『頼まれたって言って渡す』


と言っていた。

 でも、本当は稲葉が作ったチョコレートだし、稲葉に頼んだ女の子なんていない。

 全部架空の嘘っぱちだ。

 なのに、なんでその架空の女の子が私になってしまってるんだろう。


「えっと……ごめん。私が稲葉に頼んだのは本当だけど、私も友達に頼まれてて……」


 とっさに稲葉が嘘をついたんだろうか。とっさに私の名前を出して……


「それで、その……稲葉が勘違いしただけで、私の友達が青山にって作ったチョコレートなんだ」


 しどろもどろになりながら、とにかく私からではないことを強調する。

 だって、私からであってはいけない。

 架空の誰かであっても、特定の誰かであってはいけない。

 そんな勘違い、ダメ。

 だって、本当は稲葉なんだもん。
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