in theクローゼット
 稲葉は終始無言で、私の手を引いて廊下を歩く。

 振り返っても、あの三人は追いかけて来ない。

 私の手を強く握る稲葉の手は、ガラスを割ったせいで細かな傷がついていた。


「大丈、夫?」


 細かな傷が血を流していた。


「大丈夫。篠塚は……大丈夫か?」


 稲葉がぎこちなく口を開く。


「うん、大丈夫」


 体があちこち痛くて、きっと痣だらけになってる。

 そう思ったけれど、私は嘘をついた。


「稲葉、ありがとね」


 稲葉の腕にもたれかかるように囁く。

 稲葉は少し赤くなって、俯いた。


「ごめん、篠塚。最近なんか態度悪くて」

「別にいいよ、助けに来てくれたし」


 私が怒ってないか伺ってくる稲葉に、にっこりと笑ってみせると、稲葉も安心したように笑う。


「それと、クリスマスの時に置いて逃げたことも……」


 今更な謝罪に、私は思わず吹き出してしまった。


「あははっ、アレまだ気にしてたの? もういいって、全然怒ってないから」


 背中をバシバシ叩いて、声に出して笑う。


「そういえば私も、舞にキスしかけたこと謝ってなかったな」


 今更な話を、私も思い出していた。


「未遂だったんだし、アレは秘密にしといた方がよくないか?」

「やっぱり、そうかなぁ」


 稲葉と何気ない会話をしながら、私はホッとしていた。

 よかった。

 普通に喋れてる。

 以前と変わらない稲葉との会話に、安堵していた。

 よかった。

 本当によかった。

 こうして稲葉と仲直りするきっかけになってくれたんだから、あの先輩たちには感謝してもいいぐらいかもしれない。

 そんなことを思ってしまう。

 そう思ってしまうぐらい……



 私は、稲葉が好きだった。


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