in theクローゼット

「稲葉、逢い引きしよう」


 思いついた私は笑顔で手を握りなおし、その手を引っ張る。


「え?」

「行こうっ!」


 稲葉の前に立ち、その手を引いて歩いていく。

 いつかみたいだ。

 初めて本当の稲葉と出会った、あの放課後のよう。


「あ、エレベーター」

 稲葉が察して、声を上げる。

 そう、私が稲葉の手を引いて向かったのはあのエレベーター。

 来賓専用で、本当は生徒も先生も使っちゃいけないのに、あの日私は稲葉とここで話をした。

 誰にも聞かせたくない、内緒話。

 同性愛の話。

 エレベーターのボタンを押して、中に入る。

 でも、回数ボタンは押さずにただ閉ボタンを押す。

 これも同じ。

 でも、もう授業が始まる時間だから、水谷先生に邪魔されることもないだろう。

 稲葉は私の考えを理解しているのかいないのか、何も言ってこなかった。

 密室で二人っきりになり、両手を繋いで、稲葉と向かい合う。
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