in theクローゼット
「ごめんね、稲葉。嫌なこと思い出させちゃって」
しゃっくりがおさまったところで、篠塚がハンカチを渡してくれた。
可愛いピンクのイルカが刺繍された、パステルカラーのハンカチだった。
「ごめん、みっともないよな。泣いたりして……」
隠れるようにハンカチで目を覆い、少し俯く。
「ううん、そんなことないよ。泣きたいときは泣いたほうが、絶対いいって!」
篠塚は首を横に振って、にっこりと笑った。
ハンカチの隙間からそれを覗いて、安心する。
「それにね、同性同士での結婚を法律で認めている国もあるんだよ。そういう風にしようって働きだったらもっとあるし。日本だって差別と戦って、裁判所がちゃんと認めてくれていたりするんだから。だから……ね」
少し、篠塚の目が赤かった。
「そんなに泣かないでよ」
赤ん坊をあやすように背中を軽く叩かれ、その手のひらの感触が温かくて、嬉しいようなくすぐったいような気持ちになる。
一人じゃないって、どうしてこんなに心強いのだろう。
今日の出来事を、俺はいるかもわからない神に感謝する。
胸のつっかえが少し取れたようで、涙も引いてきた。
そして、その時。
エレベーターの扉が開く。
「うわあっ!」
扉が開くとは思っていなかった俺たちはもちろん、まさか中に人がいるとは思っていなかった相手も声を上げて驚いた。
しばしエレベーターの中と外で硬直し、見詰め合う。
エレベーターの扉を開いたのは担任の水谷先生だった。