in theクローゼット

「悪いんだけど、俺、早く帰んないといけないから。青山、待ってらんない」


 肺に吸い込んだ空気を一気に吐き出して言い切ると、肩で息をする。

 目と目が合って話をするだけで、こんなに手に汗をかいていた。

 もしも本当に一緒に帰ったりしたら、きっと俺は死んでしまう。


「そっか、じゃあ引き止めて悪かったな。気をつけて帰れよ」


 ニコッと、白い歯を見せて青山が笑う。


「また明日な」

「う、うん。また明日……」


 後ずさるように俺は青山の前を離れる。

 青山の笑い方はちょっと独特だ。

 目を眩しそうにうんと細めて、頬を持ち上げる。

 なんだか日向ぼっこをする猫のあくびにも似ていた。

 それを見てしまった俺は、熱射病になったみたいに体が熱くなった。

 ファンクラブが出来るんじゃないかっていうぐらい女子に騒がれて、そのことで男子から睨まれたりしても青山はいつも邪気のない笑顔を見せていた。

 三年が引退して剣道部の主将に選ばれるぐらいしっかりしていて、優しさも厳しさもある青山は、決して女の子だからと甘い顔をすることもない。

 凛と背筋の伸びた、見ていて気持ちのいい人。

 ああ、やっぱり惜しいことをしたかもしれない。
 一緒に帰るチャンスを自ら潰してしまった。

 でも、仕方がない。

 青山とは学校で普通に喋ったりするけれど、あくまでそれは他に友達が大人数いてのことだ。

 二人っきりで話したのなんて、これが初めてかもしれないぐらいだった。

 死にはしなくても、一緒に帰ったりしたら緊張の余り鼻血を噴いてしまうかもしれない。

 西門から出て、コンクリートの階段を駆け下りる。

 最後の三段は飛び降りて、そのまま走り出す。

 全身から湯気が立ち上りそうだった。

 もう十二月だというのに、爪の先まで体はポカポカしている。

 きっと顔も夕日に負けないぐらい赤くなっている。

 熱い血液を送り出す心臓のポンプが狂ったように稼動して、俺は妙に浮かれていた。

 俺は誰も見ていないのをいいことに、飛び上がってガッツポースを決めた。
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