コントラスト~「て・そ・ら」横内航編~
1、知り合いのレベル
水泳部顧問の上田先生がバインダーで頭の後を掻きながら、俺を見詰めて聞いた。
「じゃあ横内、本当にいいんだな?」
「はい」
頷く。それ以外に言葉はつけなかった。だって必要ないはずだ。もうとっくの昔に決めたことを、今更蒸し返されると思ってなくて、俺はその時ちょっと不機嫌だったのだから。
ふうー、と大きな息を吐いて、上田先生はくしゃっと笑顔をゆがめ、隣の田崎先生を振り返る。
「仕方ないですね。諦めます、本人がこう言ってるんじゃどうしようもないし」
田崎先生は真顔で上田先生に頷く。その顔は無表情だったけど、機嫌がいい時にする無表情であるってことが俺達には判る。
俺達―――――――男子硬式テニス部の部員には。
きっと心の中では田崎先生はこう思ってるはずだ。『まったく迷惑な話だ』って。
やれやれ、宝の持ち腐れでしょ、そう言いながら体育教官室を出て行く上田先生を見送ってから、ドアを閉めて田崎先生が俺を見た。
「絶対何かやってた体だって思ってたけど、お前そんなに凄いやつだったのか」
呟くようにそう言って、それからひゅっと親指をドアへと向けた。
「じゃあ横内、行っていいぞ。今からでも部に参加しろ。今日のメニューがまだ残ってるはずだ」
「はい」
短く答えて、失礼しますと続ける。
体育教官室はあまり長居したい場所ではない。俺はそれでも気をつけながら、ともすれば早足になるのをおさえて歩いていた。
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