コントラスト~「て・そ・ら」横内航編~
丁度選手権の時期で、タイムに伸び悩んでいた俺は逃げ道を見つけた気分だったのも認める。
実際に高校に進むときに水泳の強豪高に行かない選択をした俺に、顧問も担任も渋い顔をして「逃げるな」と言ったものだった。声を揃えて。
だけど、見惚れたのだ。これが正直な感想で、それはどうしようもなかった。
相手は人間じゃないけどさ、一目惚れってこういう事いうんじゃないの?って。
ボールは相手のコートに打ち込むべきで空に上がっていりゃ全くいいことではない。だけど、それがもう一度みたいと思ったのだ。
だから水泳から逃げる為にそれほど近くもない高校に入ったのは、知り合いがあまりいないだろうと思ったから。そして、そこで硬式テニス部を見つけた上に、未経験でも歓迎っていわれたからこれはもうやるしかないって思ったんだった。
ラケットを平にしてその上でボールを弾く。平衡感覚が必要で、これが上手くできるようになったらボールが自分の思い通りに動き出す。
その練習を必死でしている1年生の時、とても楽しかった。
打ち上げたボールのバックは、透き通る青空。今日は雲が多いとか、空気が澄んでるとか、日差しがきついとか、今までは気にしなかった季節のうつろいなんかも身に沁み出した感じ。
これはもう理屈じゃない。
そう思っていた。
「ところで航、その口元のバンドエイドなんだ?」
幸田が気味悪く擦り寄ってきてそう言う。途端に咳が出そうになるのをぐっと我慢した。・・・やばいやばい。挙動不審すぎるだろ。
「・・・カミソリで」
適当に言ったら、勝手に納得した。下手なのか、お前~ってゲラゲラ笑いながらコートへと戻って行く。
・・・また赤くなってるかも知れない。あ~あ、こりゃあ大変だ・・・。
俺は煩悩を振り払うために、筋トレの練習に励むことにした。