コントラスト~「て・そ・ら」横内航編~
腕時計を確認すると、もうちょっとで電車が出る時間だった。別に急ぐ必要はないのに俺はクセで走り出す。
間に合うか?・・・ちょっとキツイか、いやでも頑張れば――――――――・・・・
その時、遠くの改札口を通っていく、見覚えのある黒髪揺れる背中を発見した。
「あ」
――――――――――佐伯だ!!
練習でクタクタのはずの足に力がこもり、ぐんとスピードを上げる。
絶対間に合ってみせる。そうしたらチャンスがあるかも、電車の中であれも返せるかも――――――――――
神業のように定期券を滑り込ませて、転げ落ちる勢いで階段を駆け下りる。そして、ちゃんと無事に間に合ったのだ。
ただし。
俺は肩で息をしながら汗だくの額を腕でぬぐって顔をしかめた。
相手には、連れがいますっと。
何と俺の隣の席の女子には他の女の子が一緒にいたのだ。見たことはない顔なので、同学年ではないのかもしれない。といってもマンモス学校のうちの高校では同級生でも3年間で一度も見ないってこともザラにあるらしいから、断言は出来ないけど。
・・・くそ、近づけないじゃんよ。
連れがいる、それも大して親しくない女子に気軽に声をかけられるような度胸は、残念ながら俺にはない。
ふうーと深呼吸をして、とにかく呼吸を元に戻すことに集中した。
チャンスを待つんだ。もしかしたら、返せるかもしれないし。