コントラスト~「て・そ・ら」横内航編~
だけどそれはいつの間にかタイムに支配された日常へと変わり、好きで泳ぐのではなくて誰かに勝つために泳ぐようになった。
二つ年の離れた弟も泳いでいて、才能という意味では弟の方があったのだろう。どんどん追いつかれて追い抜かされて、弟が同じ中学に入ったその年、もう無理かもしれないと思ったんだった。俺の頂点は、ここなのかもって。兄弟にのまれる、それはめちゃくちゃ悔しかったけど、それよりも疲れきった心と体がもう言うことを聞いてくれそうになかった。
まるで、分離してしまったようだった。俺の頭と体が。あの冬に、俺はそれがどうしようもなく嫌になって――――――――――
俺の頭は一瞬、ほんの一瞬すごい勢いで過去へと飛んでしまった。だけどその時、目の前で佐伯が笑う声を聞いてハッとする。
ああ、せっかくこの子と話してるのに。
今はそんなこと、関係ねーのに。
だからそれからは集中して、ちゃんと目の前の話に没頭した。俺の知らなかったこの子の生活。父親や母親の話。それから佐伯の、話す時の呼吸や目を和らげるところも。
「横内君も海が好きなんだねー」
「うん。塩辛いのが辛いけど」
「そうだよね、目に入っちゃったら痛いしね」
「塩素漬けのプールよりは、好きかなー」
「うん、あたしも。なんせ、海は体が浮くしね」
「そうそう」
「初めてそれを知った時は感動したの。浮くんだ!?って」
「あははは」
数学の貝原先生が入ってくるまで。他のクラスメイトがうんざりした顔をして待機している中、俺達だけは明るい声と表情で笑っていたんだ。
・・・すんげー、楽しかった。