コントラスト~「て・そ・ら」横内航編~
ラケットの持ち方からして判らない。他人が呼吸するみたいに軽々とあやつるラケットを、悔しく見詰めていた。軟式ではなく硬式で、ボール一つの重みが全く違うために最初の頃は腕も手首もやたらと痛かった。水泳とは使う筋肉が違うから、痛みに苦しめられる。ラッキーだったのは、幼い頃から泳いでいたせいで鍛えられていた肺の強さと、長い腕があったことか。
だから必死で練習して、練習して、水泳をやっていた時だってこんなに真剣にやったかなってくらいに没頭したのだ。
最初は苦しかっただけの部活動も、ラケットが自分の手に馴染んできてボールを何度も打ち返せるようになってきてからは楽しみに変わる。ずっと水の中にいて自分の激しい鼓動音だけを聞く水泳とは、世界が丸ごと違うみたいな新鮮さもそこにはあったのだ。
黄色いボールがきっぱりと晴れた青空へ上がる。
その景色が自分の中で当たり前になってきても、今でもコントラストに感動するくらいに。
自分の体以外のものを使ってスポーツをする楽しみが、俺にも判ってしまった。
呼吸すら気にしなくていい陸上のスポーツに、確かに夢中になってきたのだった。
で、2年目の今年、何とか試合に出られるくらいまで成長した。それを田崎先生は知っている。だから今日、俺がもし水泳部へ入りますといったならガッカリしたに違いないんだ。自分も苦労して育ててきた部員をとられるとなると。
俺が上田先生の誘いを断ったときの、一瞬緩んだ口元を思い出した。田崎先生は寡黙な人だけど、気まぐれに感情表現をする。今日はその瞬間を見てしまった。
うちの高校は硬式テニスはそれほど強くない。新入生で未経験が入っても大丈夫なほどだから、それは皆知っている。だけど去年と今年は所謂ルーキーがうちのクラブにもいて、3年の仁史先輩と同じ2年の幸田、彼らの活躍でかなりいい成績を収めていた。