【短】Another Platonic
傷は唇の横と、手の甲だけ。
たいしたことなくてよかった、と葵はため息をついた。
廊下からは足音ひとつ聞こえへん。
もう授業が始まったんやろう。
手当てしてもらってる間、俺は一言も口をきかなかった。
ちょっとでも口を開いたら、よけいなことを言ってしまいそうやったから。
辺りが静かな分、さっきの金井の声がはっきりと耳によみがえる。
――『こないだ他の男とホテルに入っていくの見たで』
あんなの、嘘に決ってる。
だって葵は、俺とでさえもセックスできへんのに。
他の男とヤるわけないやん。
だから、あれは金井の嘘か、見まちがいや。
……そう思いたいのに。
じゃあ、なんで
俺の胸はさっきからこんなにも、騒いでる?
「はい、完了」
絆創膏を貼りつけ、葵は満足げに言った。
「ありがとう……」
「ありがとうじゃなくて、反省してんの? 私はもう卓巳の体が傷つくの、見たくないよ」
俺だって。
俺だってお前の体が傷つくの、見たくない。