睡恋─彩國演武─
“化け物”か。
確かにそうかもしれない。
「この──ッ!」
男が拳を振り上げた。
殴られる、そう思って身体を強張らせた瞬間。
優しく身体を支える、大きな手の感触。
「化け物──って、あんまり良い響きじゃありませんよね」
聞き慣れた声。
静かで、優しくて。
でも、こんなときには、必ず禍々しいほどの殺気を感じさせる。
「……れ……は……」
ぼやけた視界に、その姿ははっきりと映っていた。
千霧の声に気付くと、呉羽は唇に人差し指を当てた。
誰にでもわかる“喋るな”の合図。
「千霧様に手をあげたこと、皇や紫蓮様が知ったらなんて仰るでしょう?それに、この方は沙羅さんの主でもあるんですよ?」
その一言は、男を黙らせるのに十分すぎる言葉だった。
男は言い返せる訳もなく、渋々身を退いた。
男が千霧に背を向けると、沙羅は毅然と立ち、それまで見せたこともないような怒りの表情で彼を見つめた。
「……千霧さまが化け物ですって?ふざけたことを言うんじゃないわ。……勝手なことは二度としないで。これは皇家に対する冒涜と同じよ」
そのまま手を振り上げ、男の頬を思い切りぶった。
鈍い音が響き、何が起こったか分からないという表情で、男は呆然と立ち尽くした。
「二度と気安く触れないで!」
沙羅はその脇をすり抜けて千霧に駆け寄る。