睡恋─彩國演武─
一方、紫蓮にも悪びれる様子は一切なく、余裕の表情を浮かべていた。
「兄様!もしお咎めがあったらどうするつもりですか……」
「心配ないさ、そんなの。父上、僕には甘いから……」
心配をよそに笑う紫蓮に少し苛立って目をそらした。
彼はまたクスクスと笑う。
「……怒った?ごめんね、千霧」
頭を撫でられ、無言でうつむく。
自分が情けなくなる。
どうしてもっと気の利いたことができないのだろう。
「……兄様は自分を大切にしなさすぎるんです」
紫蓮は苦笑いする。
しかし次の瞬間見せたのは、余裕の感じられない焦りの表情。
端正な顔立ちが、一瞬だけ歪んで見えた。
どちらかといえば、母に似ている紫蓮。
だが確かに、父の面影が残る顔立ちだ。
「……それは、千霧も同じだよ」
“オ前モ同ジダ”
視界の中で、兄の顔だけが、歪む。
歪んで、見える。
「どうしたの?」
こちらへ向かって伸ばされた手。
細くて、白いはずの手。
「兄様……?」
その手が、千霧の身体を斜めに切り裂いた。
赤い飛沫。
自分の血だなんて、思いたくなかった。
「千霧様!」