ひめごと。



 あるのは、口づけで熱をもちはじめた身体のみだ。


「今日はどこにも行かないよ。仕事先にはそう伝えてある。君の身体が心配だからね」

 春菊には、彼の言葉が理解できなかった。だって、春菊の身体は、谷嶋と侍女のハルのおかげで、もうすっかり健康になったし、これといって特に病気を患っているわけでもないのだ。


 それなのに、彼はそう言って、春菊の身体を強く抱きしめる。

 こんなふうにされると、春菊は谷嶋に、そういう対象として見られているのだと勘違いしてしまいそうになる。

 違う……。

 そんなことはない……。

 きっと、彼は自分の夢見心地が悪いから、だから慰めてくれているだけだ。結局のところ、この口づけにも彼にとっては意味を成さないものなのだ。

 だって、彼を想っているのは春菊だけで、彼は自分を情けで囲ってくれているだけなのだから……。

 そう考えると、胸が張り裂けそうに痛み出す。


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